「南」だけでない中国の脅威。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 










【土・日曜日に書く】論説委員・皿木喜久





◆日露戦争時の朝鮮半島

 失敗に終わったが、北朝鮮が4月、人工衛星打ち上げと称するミサイルを発射した鉄山郡東倉里は朝鮮半島の北西部にある。

 地図で探していて、その北30キロばかりの所に「竜岩浦」という町があることに気付いた。こちらは鴨緑江を挟んで中国と向かい合っている。北朝鮮の国境の町だ。

 この竜岩浦という地名を聞けば日本の近代史に関心のある人はある種の感慨を覚えるだろう。日露戦争の最終的な発火点となった所だからである。

 明治33(1900)年に起きた清国・義和団事件鎮圧のため出兵した各国のうち、ロシアだけがその兵を満州(現中国東北部)にとどめた。これに対して日本が強く抗議、撤兵を求めたことから両国の対立が深まった。

 大国ロシアが満州に居座ることを日本の安全保障上の脅威と感じたからだ。だが、もっと恐れたのは、さらに鴨緑江を越えて朝鮮半島を手に入れることだった。半島がロシアのものとなれば、次は日本が狙われる。それは地政学的にも当時のロシアの拡張主義からも明らかだ。

 約10年前の日清戦争も朝鮮半島をめぐる清国との対立から始まった。自国より強い国に半島を支配されるかどうかは日本の死活を握る。明治の人たちは鋭敏にそう感じ取っていたのである。

 実際ロシアはその野望を露骨に示していた。明治36(1903)年、ついに森林開発の名目で竜岩浦を占拠、大韓帝国との間に強引に租借協定を結んだ。日本が抗議しても意に介さないとあっては、もはや開戦しかなかった。

 ◆北への影響力増す中国

 それから1世紀あまりがたった今、ロシアを中国に置き換えてみると、朝鮮半島を挟んでの日本の立場はあまり変わらない。

 中国は1950(昭和25)年に起きた朝鮮戦争で大量の人民解放軍を送り込んで介入、南から鴨緑江近くまで迫っていた米軍などの国連軍を押し返し、壊滅寸前の北朝鮮軍を助けた。

 以来、中国は「恩人」として北に対し強い影響力を持ち続けた。ただロシアと違い、露骨な支配意欲は見せなかった。

 国内的に大躍進政策の失敗や文化大革命という権力闘争による混乱で、それどころではなかった。北の金日成-金正日政権が米国や日本を巻き込んだ「瀬戸際外交」で、中国の介入を巧みに退けてきたこともあった。

 だが昨年末、金正日総書記が亡くなり、20代後半とされる金正恩第1書記の時代になって、状況は変わりつつある。この若い権力者に祖父や父と同様、中国と対等に渡り合えというのは無理な注文だろう。しかも中国は経済成長の勢いで東シナ海や南シナ海で露骨な拡張主義を見せている。「南」だけでなく「北」でも覇権を広げようとしても不思議ではない。

 北朝鮮は「ミサイル」を発射する1カ月半ほど前の2月末、米国との間で、ウラン濃縮や核実験、ミサイル発射の一時停止で合意した。代わりに米国は食糧支援を約束している。

 ◆「庇護」から「支配」へ

 北朝鮮には金日成主席生誕100年などの記念行事で国民に食糧を配給する必要があり、そのために一時的に米国に膝を屈した。というのが日本などでの見方だった。だが一方で、米国の一部からは「北は秘(ひそ)かに中国から大量の食糧の援助を受けており、いつでも合意を破棄するだろう」とする情報も流れていた。

 このことは「ミサイル」発射の強行で証明されたようなものだが「大量の食糧支援」が事実だとすれば、北は米国ではなくすでに中国に屈していたことになる。

 今月13日に行われた日中韓サミットの共同宣言は、直接北朝鮮問題に言及することを避けた。中国の意向だったようだ。中国は朝鮮戦争の時代に戻り、北朝鮮の「庇護(ひご)者」たらんとしているように見える。「庇護」と言えば聞こえはいいが、実態は北に対する事実上の「支配」への道である。

 竜岩浦から鴨緑江をさかのぼった新義州から鉄橋を渡ると、そこは中国の大都市、丹東である。その小高い丘の上にバカでかい塔が建っている。かつてここを訪れ、「なぜこんなに高いのか」と聞くと中国人のガイドは答えた。

 「朝鮮戦争は、中国の力で勝った。それなのに北朝鮮は自分が勝ったように思っている。指導者たちに塔を見せて間違いに気付かせるためです」

 中国が北をどう見ているのかがよくわかる。

 国際社会の忠告を無視して核実験やミサイル発射を繰り返す、そんな国を中国が事実上の支配下におく。北方でのこの最悪のシナリオにも今から備えておかねばならない。
                                                                                   

                              (さらき よしひさ)