独裁体制にメス 汪氏らの政治改革。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【石平のChina Watch】





4月12日付の本欄で、中国における体制内改革の動きを紹介したが、それ以来1カ月余、改革推進の機運はますます高まってきているもようである。まずは同16日、改革派リーダー役の温家宝首相が共産党機関誌の『求是』で「権力の運用を日の目にさらそう」と題する論文を発表し、政治的腐敗の撲滅を念頭にして権力乱用への抑制を求めた。

 5月9日、広東省党委書記の汪洋氏は同省共産党大会での演説で、「権力の運用を日の目にさらそう」という温首相のセリフを借用して市場経済への政府権力の無制限な干渉を批判した。そして同14日、共産党機関紙の人民日報は5面を丸ごと使って「政治体制改革」をテーマとする特集を組んだ。特集は「(国民の)権利の保障」と「(政府の)権力の制限」を「改革」の課題とした上で、「政治体制改革を積極的かつ穏便に進めていくことは、党と国家の終始一貫の目標だ」と訴えた。

 このようにして、「改革派最古株」の温首相だけでなく、胡錦濤派の若きホープである汪氏と、江沢民派の影響力が強いとみられる人民日報までが口をそろえて「改革」を唱えるのである。そして彼らの提唱する改革は一様に「権力への制限」を着眼点とした政治改革である。言ってみれば、権力を持つ人たちがあえて、自らの権力に「制限」を加えるような改革を提唱しているのだ。彼らは一体なぜ、今になって政治改革を推進しようと考えているのだろうか。

この答えは実は、胡主席の率いる「共青団派」系列の新聞紙である中国青年報が4月16日付で掲載したインタビュー記事の中にある。インタビューを受けたのは共産党中央党校の呉忠民教授であるが、その中で彼は、「社会矛盾の拡大に迫られる改革」という表現を使って、貧富格差や官民対立などの社会的矛盾の拡大こそが党に改革の断行を迫った最大の要因であると分析している。つまり、それらの社会矛盾を解消して政権の危機を乗り越えていくためには、党と政府がもはや自らの権力のあり方を改める以外にない、ということである。

 こうなった背景にはやはり、前述の汪氏が批判した「市場経済への権力の無制限な干渉」がある。今までの経済改革では市場経済が全面的に導入されていながら旧態依然の一党独裁の政治体制がそのまま堅持されていた。その中で、権力者あるいは権力に近い人たちがそれを利用して経済的利権をあさった結果、富は一部の人々に集中し貧富の格差が拡大して、権力に対する国民の不満が高まり、そこから生じてくる「官民対立」が広がった。つまり、「社会主義市場経済」たるものの内包する矛盾がやがて顕在化し、かつ激化して政権自体にとっての危機を生んだのだ。

汪氏たちの目指そうとする政治体制改革はまさに、「経済が自由開放、政治が独裁維持」というトウ小平流の改革路線から一歩踏み出して、独裁体制そのものにメスを入れようとするものだ。トウ改革が生じさせた矛盾と危機を解消して党を救いたいのである。

 この改革が成功すれば、かつてのトウ改革に続く「第2の改革」として中国に大きな変化をもたらすだろうと期待できようが、トウ氏のようなカリスマ的指導者のいない今、「若僧」の汪氏たちが果たして体制内の強い抵抗を排して改革の断行に踏み切れるかどうかはおぼつかない。そもそも、「政治改革」の推進が秋の党大会以降の共産党次期指導部の総意となれるかどうかもいまだに明確ではない。いつの時代も、「改革」というものは常に前途多難なのである。





【プロフィル】石平

 せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。