【産経抄】5月14日
ゴキブリは、少なくとも3億4千万年前から地球に生息していたといわれている。数十万年前に出現した人類にとって、「大先輩」は常に悩みの種だった。古代エジプトの文書にも、駆除法が書かれていたそうだ。
▼戦後まもなくは、もっぱら米軍が持ち込んだDDTやディルドリンなどの有機塩素系殺虫剤が、使われていた。やがて環境汚染が問題となり、厚生省は昭和46(1971)年に製造販売中止の通達を出す。これが2年後に大ヒット商品「ごきぶりホイホイ」が世に出るきっかけとなった。
▼アース製薬で開発を託されたのは、京都大学大学院で薬学博士号を取得した木村碩志(ひろし)さんを中心とするチームだった。殺虫剤を使わない、昔ながらの「トリモチ」方式を採用し、使い捨てタイプと決まった。問題はいかにゴキブリをおびき寄せ、箱のなかの粘着剤で逃げられないようにするかだ。
▼研究のために飼育したゴキブリは30万匹を超える。木村さんは自宅でも金魚鉢で飼い、奥さんを困らせた。ちなみにネーミングは、大塚正士(まさひと)会長の鶴の一声で決まった。当初は怪獣ブームにあやかって、「ゴキブラー」だった。もともと木村さんの祖父の創業した会社は、大塚グループに吸収されていた。
▼神戸新聞の訃報は、「主婦の悩みを解消したい。人の役に立ちたい」が口癖だったと伝えている。カメラを愛し、フクロウの人形の収集家であり、遺(のこ)された家族のために書き残す「エンディングノート」の研究会を主宰していた。
▼常務の肩書を最後に退職してから82歳の生涯を終えるまで、出身地の兵庫県赤穂市を拠点にした活動は多彩の一言につきる。ゴキブリの天敵は、好奇心の塊のような人物だった。