【土・日曜日に書く】特別記者・千野境子
平和を語るやましい国
軍拡や領海侵犯を行いながら「平和的台頭」を臆面もなく言う国、実際は弾道ミサイルを発射するのに「宇宙の平和利用だ」と強弁する国など、とかくやましい国ほど平和を口にする。
しかし平和を云々(うんぬん)する前に自らの行動に規範が求められるのは、海洋も宇宙も同じである。そして海洋に比べて遅れていた宇宙の行動規範作りが、米欧を中心にようやく動き始めた。
今月末、宇宙空間を民生・安全保障の両面から律しようとの行動規範策定のための準備会合が、欧州連合(EU)の呼びかけで日米豪が参加しブリュッセルで開かれる。多国間の議論を広げるべくインドやブラジルにも声をかけているが、案の定というべきか中国とロシアの参加は望み薄という。
実は中露は機先を制するように、国連ジュネーブ軍縮会議に共同で条約草案を提出ずみだ。「よく読むと米国のミサイル防衛(MD)阻止の意図が明らか」(関係者)という代物で、宇宙空間の開発・利用をめぐって新冷戦時代の様相も呈している。
世界に衝撃のASAT
宇宙空間の規範作りが焦眉の急となった契機は、中国による衛星攻撃兵器(ASAT)の実験成功だ。2007年1月、中国は国際社会に予告することなく、自国の老朽化した気象衛星をASATで破壊し、多量のスペース・デブリ(宇宙ゴミ)を生じさせた。
現在、宇宙空間には約50万個(直径5センチ前後)のデブリがあって地球の周りを飛んでおり、多くは燃え落ちるが、大きなものは燃えないで落下する。
もし有人宇宙船と衝突すれば大変なことになるし、どこに落ちるか分からないのも問題だ。デブリは年々増加しており、その危険性はかねて指摘されてきた。
中国の破壊実験で出た大量のデブリも大半は軌道上に残ったままという。
しかし世界が衝撃を受けたのはデブリの問題だけではない。実験成功は中国が他国の衛星を撃ち落とす能力を獲得したことを意味し、それが各国を震撼(しんかん)させたのである。中国は05年7月と06年2月にも同様の実験を行ったが、この時は失敗したとされる(防衛研究所編「中国安全保障レポート」)。また宇宙空間で実験を断りなく行ったのも中国が初めてだ。
先のジュネーブ軍縮会議への中露による条約草案提出は、実験の翌年2月。題名は「宇宙空間における兵器配備、宇宙空間の物体に対する武力行使または行使の威嚇を防止する」というのだから、まるで自作自演である。
日本の対応と国際協力
こうして米欧が宇宙空間の活動への対応を急ぐ中、平和を違った意味でだが多言してきた日本も、さすがに軌道修正しつつある。
今国会に提出の宇宙航空研究開発機構(JAXA)設置法改正案もその一つだ。宇宙の開発・利用を「平和目的に限る」とした規定を削除し、範囲を広げて防衛への利用も可能にする。
もともと宇宙の開発・利用は冷戦下、米ソの軍事競争から始まった。ところが日本は平和目的に特化、裏表なしで平和に邁進(まいしん)した。それはそれで悪いことではないし、当時の内外情勢からはやむを得なくもあった。問題は一緒に防衛や安全保障の取り組みまで怠ってしまったことだろう。
考えてみればこれは原子力の開発・利用にも通じそうな話だ。日本は原子力も平和利用に限り、原発のみ推進し、本質的には同じである核兵器という軍事利用は除外した。これも当時、それ以外の選択肢はなかったといえるが、結果的には原発の安全への過信と甘い事故対応を招く一因となった。平和利用だから事故は起きまいと思ったわけではないにしても。
さらに宇宙外交に積極的に取り組む動きもある。新興国に対して政府開発援助(ODA)を使い、地震、環境、防災などグローバルな課題で国際協力を推進し、併せて市場拡大も目指すものだ。
また昨年6月の「2+2」で宇宙を利用した安保協力の推進を申し合わせた日米は、宇宙枠組協定の締結に向けて交渉を開始した。これらのため近く外務省には「宇宙外交推進室」が発足する。
ブリュッセルの準備会合にEUが提出する行動規範草案は、衛星の衝突やデブリのリスク低減のため、意図的な宇宙物体破壊の自制や被影響国へのタイムリーな通報、潜在的被害国による協議申し立てなど一般的措置や協力のメカニズムを盛り込んでいる。
ただし行動規範であり残念ながら法的拘束力はない。予防外交に例えれば信頼醸成という第1段階だ。国際社会の結束を急がないと、やましい“平和国家”が跋扈(ばっこ)することになりかねない。
(ちの けいこ)