北「核抑止力」向上を黙過するな。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 










【正論】防衛大学校教授・倉田秀也





北朝鮮が米朝協議に固執するのは、その外交的成果が指導者の権威に還元できるからでもある。父金正日氏を失った金正恩氏ら指導部が2月末に交わした米朝合意は金日成氏の死後間もない1994年に金正日氏が米国との間で交わした、「枠組み合意」を想起させる。しかし、北朝鮮が発表した合意内容をみて、金正恩氏の権威に還元するには「控えめ」と受け止めたのは筆者だけではあるまい。

 ≪米朝合意に大きな齟齬あり≫

 確かに、北朝鮮が「臨時中止」するとした寧辺(ニョンビョン)のウラン濃縮は北朝鮮の核活動の一部に過ぎない。それに対し米国は栄養食品、追加的な食糧支援も行うという。とはいえ、北朝鮮の発表文では、「米国の要請に従って朝米高位級会談に肯定的な雰囲気を維持するために実りある会談が進行している期間」、北朝鮮は核実験だけでなく長距離ミサイルの発射をも「臨時中止」することになっていた。

 いま一つ、北朝鮮の発表文をみて筆者の脳裏をよぎったのは既視感だった。98年8月、人工衛星運搬ロケットと称する飛翔体を発射して以来、北朝鮮はこれを事実上、われわれが「テポドン1」と呼ぶ弾道ミサイルとして対米協議に臨んでいた。それは米朝ミサイル協議と呼ばれたが、北朝鮮はその名称に異を唱えなかったばかりか、翌99年9月、米朝双方がベルリンでの合意内容をそれぞれ発表したとき、北朝鮮は「米国の要請に従って(中略)高位級会談を進行させることにし、会談にさらに良い雰囲気をつくるため、この会談が進行している期間、ミサイルを発射しない」と宣言した。

一瞥(いちべつ)の通り、今回の米朝合意と99年の「米朝ベルリン合意」は、その内容だけでなく、双方が合意内容を発表する方式も酷似している。ただし、「米朝ベルリン合意」の英文と朝鮮文をどんなに意地悪く読み比べてみても、大きな齟齬(そご)はみつからない。これに対し今回の米朝合意については、米国務省は、北朝鮮が「臨時中止」としたのはウラン濃縮だけではなくプルトニウムも含むとし、双方の見解の相違が明らかとなった。

 ≪衛星打ち上げ禁止は了解事項≫

 さらに、それを決定的にしたのが、4月15日の金日成生誕百周年に合わせて地球観測衛星を打ち上げるロケット「銀河3」を発射するとした宇宙空間技術委員会のスポークスマン談話であった。米国務省は協議の過程で、「衛星打ち上げ」も合意破棄につながると警告し、北朝鮮はそれを理解したというが、署名文書でさえ順守しない北朝鮮が、無署名の了解を順守すると考えたとすれば、米国の脇は甘いというほかない。

 したがって、北朝鮮にとって、今回の米朝合意は、「衛星打ち上げ」という名目さえ立てば、「米朝ベルリン合意」よりもそれを正当化しやすい。2006年7月、北朝鮮が「金融制裁」に対抗して弾道ミサイルを連射したとき、同国外務省は「米朝ベルリン合意」の内容に触れ、米朝協議が進行していなかったという理由でミサイル連射を正当化したが、今回は、「衛星打ち上げ」はそもそも米朝合意と矛盾しないとして、ミサイル発射を強行するであろう。

また、06年のミサイル連射の際、北朝鮮は「テポドン2」発射に失敗したが、09年4月、人工衛星運搬ロケット「銀河2」として、「テポドン2」を改良した弾道ミサイルを発射させている。北朝鮮が今回、発射予告している「銀河3」は、「テポドン2」改良型にさらに軌道誘導装置などの改良を加えたものとなろう。それは、北朝鮮が大陸間弾道ミサイルの保有に近づくことを意味する。

 ≪ミサイル発射に続き核実験も≫

 そうなれば、今回の米朝合意で言及された「実りある会談」が進行しているとは考えにくい。その時、北朝鮮は06年7月のミサイル連射の際と同じレトリックを使うことで核実験を正当化できる。今回の米朝合意には、ミサイルだけではなく核実験の「臨時中止」も含まれているからである。

 今回、米朝合意をまとめた北朝鮮の外交当局は詭弁(きべん)を弄しながらも、「核抑止力」向上の余地を残そうとした。他方、金日成生誕百周年に合わせて開催される朝鮮労働党代表者会では金正恩氏の党総書記就任も予測されるが、「核抑止力」を誇示することで、それを演出しようとする党も軍部も、米朝合意を否定していなかった。

 もっとも、米朝合意は金正恩氏の権威に還元するには、やはり「控えめ」に過ぎ、金正恩氏への権力継承を演出する上でも十分ではない。金正恩氏と彼を支える指導部にとって、「核抑止力」は、もはや米国との取引の対象ではなくなっているのかもしれない。

 3年前、米大統領就任直後のオバマ氏がプラハで「核なき世界」を謳(うた)い上げたとき、冷水を浴びせたのは、北朝鮮が「銀河2」と呼んだ「テポドン2」改良型の発射であり、オバマ氏は、「違反は罰せられなければならない」と非難した。そのオバマ氏が、北朝鮮の「核抑止力」向上を黙過して、米朝関係を改善するなどということはあってはならない。

                                 (くらた ひでや)