【正論】評論家・屋山太郎
橋下旋風が勢いを増している。関西の地方現象とみたり単なるポピュリズム(大衆迎合主義)と評したりする向きもあるが、本物の政治家が誕生したと私はみる。
◆着手点、着眼点とも正攻法
橋下徹氏は、2008年に大阪府知事として出発したときから着手、着眼点が正攻法だった。知事は選挙で選ばれた政治家で、職員は政治家の方針を実行するのが役割だ、と“身分の違い”をまず押さえたのは出色だった。近年の知事は「県民党」などと自称するから、選挙で勝った者は誰か、職員は何をすべきかも曖昧になるのが常だ。与野党で候補を一本化したりする悪習が生んだ弊害だ。
橋下氏は就任早々、「政治家の務めは財政規律を守ることだ」と述べ、膨大な府の赤字の削減に取りかかった。職員の給与を16~4%、退職金を10~5%カットした。次に、ダブル選挙で大勝し大阪市長になった際も、府と同率の給与カットを市職員に申し渡している。前回は7時間の、今回は3時間半の団交を行った。どちらも、組合が納得したわけではないが、手順を尽くしたうえで実行に移す度胸を備えている。府知事時代は28のハコモノを整理し、市にも同様のことを行うという。
橋下氏が府に残した職員基本条例案と教育基本条例案は、2月の府議会で可決する段取りだ。ともに職員、教員に5段階の相対評価の勤務評定を行う。従来の常識では驚天動地ものだ。最低評価を2年続ければ分限免職するという強烈な項目も入っていたが、過激だという意見があって調整中だ。
橋下氏は、両条例案の土台をそのまま立法化することを次の衆院選の公約にするという。これは、安倍晋三政権が断行した教育基本法改正に匹敵するほどの価値がある。これまでだと、基本法の趣旨を無視しても、教育現場にとどまることはできたが、条例が制定されれば、全国の教育現場は規律正しい姿に変わるだろう。
◆自治労、日教組押さえ込め
橋下氏は離婚率、学力テスト、犯罪発生率の「どれを取っても大阪がワースト5に入る。教育が悪いからだ」と断じた。教育基本条例の一方で、小中校の給食率を引き上げるために支出し、年収650万円以下の家庭の子供が私立高校に行く場合は、バウチャーで全額補助する方針を打ち出した。高所得の家庭の子供だけが私立に行けば階層の固定化を招くという考え方からだ。この結果、公立高校は3割もの定員割れとなった。
自治労と日教組が“選挙マシン”と化しているのは、全国的風景である。しかも、日教組出身の輿石東・民主党幹事長は「それのどこが悪い」とうそぶいている。
市長当選後、橋下氏は市職員が公然と現職市長の選挙マシンになっていたと非難し、激怒した。自民党政権時代、中山成彬文科相は「日教組を潰せ」と叫んで、辞職を余儀なくされた。組合は憲法で保障されているから、確かに、潰すわけにはいかないのである。
だが、条例によって教員の相対評価を行い、人事評価の権限を組合から取り上げれば、教育現場に政治を持ち込むようなことはなくなるはずだ。大阪でまず立派な教育環境を整え、それが良いとなれば立法措置が取られるだろう。
橋下氏は、自ら率いる「大阪維新の会」の政権公約ともなる「船中八策」に、「自治体によっては教育委員会の廃止も認める」との項目を入れている。教育委員会の仕組みは無責任極まりないから、首長部局が直接、教育に携わる体制に変えるのがベストだろう。
大阪都構想は、地方自治法の改正が前提となる。改正に突入すれば国の出先機関の廃止や道州制への移行のきっかけになる。30万人の国家公務員のうち実に22万人が出先機関、県、市町村にばらまかれている。中央集権体制の化けの皮をはがすことにもつながる。
◆的確な言葉繰り出す説得力
橋下氏は政治に真っ正面から切り込み、「バカ文科省」「クソ教育委員会」と若干、下品ではあるが的確な言葉で敵を討つ。例えば国の公共事業における地方分担金の問題に、「明細のない『ボッタクリバー』の勘定は払わない」との一言でケリを付けた。言葉を的確に繰り出して討論し、説得する突破力を独自に持っている政治家を、日本で見るのは初めてだ。
無言を貫いてカリスマ性を高める日本型政治家の一人、小沢一郎元民主党代表と比べてみよう。小沢氏が政策について明快に述べたことがあっただろうか。小沢氏は中国を慮(おもんぱか)って、かつて国連第一主義を標榜(ひょうぼう)し、国際政治に関する無知をさらけ出した。一方の橋下氏の「船中八策」では、「日米同盟の強化」が打ち出されていて、日本外交の軸を外してはいない。
小沢氏の陰気さと、橋下氏のはじけるような明るさ。裏から集団を動かす小沢氏的なやり方は、日本の伝統的な政治手法だが、大衆民主主義の時代にあって、政治をことさら分かりにくくしている。橋下氏には、団交でさえ公開して行う度胸と弁舌と明快さがある。大衆民主主義の時代にふさわしい政治家が登場したのだと思う。
(ややま たろう)