大震災が強めた米海軍と海上自衛隊の絆。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 






創設20周年を迎えた日米ネービー協会。


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2012.01.24(火)加藤 保:プロフィール





 JR東日本の横須賀駅を左へ出て臨海公園に立つと、海上自衛隊の艦艇と米海軍第7艦隊の艦艇を一望することができる。

 

 これら日米の艦艇が、同じ港内に何の違和感もなく停泊しているここ横須賀において、2011年11月末、創設20周年を迎えている日米ネービー友好協会(JANAFA:U.S. Japan Navy Friendship Association)は、例年通り秋季定例懇親会を開催した。

 

 JANAFAは、海上自衛隊OBの有志が中心となって「冷戦期の日米安全保障体制の中核として、同体制を支えてきた海上自衛隊と米海軍との友好親善と相互信頼の絆を、より一層強化しなければならない」との強い信念のもと、1991年「海上自衛隊と米海軍との友好親善と相互理解の維持強化に努めること」を目的として設立された。

ギクシャクする日米関係を憂慮して作られた

2011年のJANAFA秋季定例懇親会

 


 1990年当時、日米安全保障体制は条約締結30周年を迎え、日米両国は強固な絆を培ってきていたが、冷戦終結後の新たな国際環境下、経済摩擦や技術摩擦などにより日米関係がギクシャクする中、同年8月に湾岸戦争が生起した。

 

 かかる情勢下、湾岸戦争に対する日本の対応が、日米同盟の信頼関係に悪い影響を与えるのではないかとの「危惧」と同盟関係の中核である海上自衛隊と米海軍(両ネイビー)の友好親善と相互信頼の増進のため、OB主体の組織を創って支援すべしという「志」が、JANAFA創設へと男たちを導いた。

 

 爾後、当協会は、米海軍艦艇および海外派遣海上自衛隊艦艇の出入港の歓送迎、また米海軍士官の我が国名所旧跡への案内、米海軍士官候補生のホームステイ支援、親善行事の計画実施、米海軍行事への当協会会員の参加、当協会会員の米海軍基地研修支援など、海上自衛隊と米海軍のさらに一段上の友好親善と相互信頼の増進に寄与すべく地道に活動している。

 

 また、海上自衛隊OB有志で発足したJANAFAではあるが、現在では、当協会の活動目的に賛意された海上自衛隊出身者以外の約200人以上の個人や法人が賛助会員として活動に参加している。

 

 秋季定例懇親会は、当協会の定期的な活動として毎年実施している。2011年は、米海軍から第7艦隊司令官、在日米海軍司令官、第7艦隊戦闘部隊司令官、第7艦隊哨戒偵察航空部隊司令官など在日する主要な指揮官が参加した。

 

 一方、海上自衛隊からは海上幕僚副長、自衛艦隊司令官、横須賀地方総監、護衛艦隊司令官、潜水艦隊司令官など主要な指揮官が参加した。

 

 また地元選出の衆議院議員や当協会の活動に賛同頂き各種支援を頂いている方々など多数の来賓を迎え、正会員、賛助会員、海上自衛隊および米海軍の家族などを含め参加者は約300人を超え、盛大かつ和やかな雰囲気に包まれたものとなった。

 

 当協会は、海上自衛隊と米海軍との友好親善と相互信頼の増進に貢献した日米双方の部隊や隊員へ、定例懇親会などの機会に感謝状を贈呈し、その功績を称えているが、2011年は、東日本大震災における災害派遣での人命救助や被災民支援などにおける海上自衛隊と米海軍第7艦隊の前人未到の活躍を称えることとし、会長から東日本大震災災害派遣海災部隊指揮官である河村横須賀地方総監と米海軍スウィフト第7艦隊司令官へ感謝状を贈呈した。


 そもそも2国間の同盟関係には、政治レベル、軍事レベルおよび国民レベルの3つの側面があり、同盟関係を強固に維持するためには、これら3つの側面が強固であることが求められる。

 

 これらの側面の1つでもギクシャクしていると、2国間の同盟関係の真価を問われるようなときに、十分な機能を発揮することはできない。

 

 日米同盟関係は半世紀を超えて堅持され、この間海上自衛隊と米海軍は、政治レベルが経済摩擦や技術摩擦、湾岸戦争への不適切な対応、さらには普天間飛行場移設問題などで冷え込んでいる時も、あるいは国民が「米軍基地反対、空母は米国へ帰れ」と叫んでいた時も、友好親善と相互信頼の深い絆で結ばれ日米同盟の中核であり続けた。

 

 この半世紀の間、波静かな日々ばかりでなく、高まる波に翻弄されそうになったこともあったはずである。

 

 しかしながら、海上自衛隊と米海軍の現役そしてOBたちが、日米同盟の中核としての海上自衛隊と米海軍との関係を堅持していくことこそ自分たちの責任であるとの強い信念と熱き思いを申し継ぎ、継承していったことがこの奇跡を成し遂げた。

 

 ところで国民レベルではどうであろう。東日本大震災に対する米軍の支援活動の動きは素早く、「Operation Tomodachi」と「友」が描かれたワッペンを腕に付け、献身的に支援に従事する米軍人の姿が、日本人の心に日米安全保障体制の重要性を再認識させ、日米同盟があって本当によかったと感じさせたのは事実であろう。

大震災が日米関係をより強固にした

日米ネイビー友好協会で挨拶する自民党の国会議員

 


 懇親会に参加した地元選出の自民党国会議員は、「日本は東日本大震災で多くのものを失ったが、日本とアメリカの関係は国境を越え言葉の壁も越えた強固なものとなった」と述べ、次のようなエピソードを紹介した。

 

 「アメリカのルース大使は、震災後に被災地を訪れ、被災地の体育館に入り、スピーチを行うことなく被災してそこにいる人たちをただ抱きしめた。被災民の方々は、ルース大使の胸の中で泣いていました。あのシーンを見た時、言葉は必要ないと思いました」

 

 「言葉を超えた日米関係の強さを身にしみて感じ、またルース大使の真の友人としての行動が嬉しかった」

 

 「またバイデン米国副大統領は来日の折、宮城の仮設住宅に赴き、そこに住む方々に、『多くの人は、苦難は時がたてば乗り越えられると言うけれども、貴方がたにとっては、そんな簡単なことではないということを、私はよく理解しています。なぜならば、私も過去に事故で家族を失ったからです』と語りかけた」

 

 「この言葉に聞き入る人々が泣いていたのを見ました。『オペレーション トモダチ』が成功したのは、真の友情を共有する本当の友達が日米の間に存在したからであります」


 この国会議員の話の中にもあるように、日米同盟に対する国民レベルでは、現在その歴史の中で最も良好な状態になっていると言えるであろう。

 

 この傾向は日本のマスメディアについても言える。過去、いかなる訓練や実任務であっても、米海軍が参加することに批判的であった一部の新聞やテレビを含め、日本のマスメディアは、「オペレーション トモダチ」に参加した米海軍将兵の献身的な活動を感謝と尊敬の念を持って伝えていたし、この好意的な姿勢は現在も変わりはない。

民主党政権下で日本への不信感を増した米国

 最後に政治レベルはどうであろう。

 

 米国は、日本が民主党政権下、普天間飛行場移設問題で努力を怠ったとの不信感を強く有しており、政治レベルでは良好な関係とは言える状態ではない。

 

 しかしながら、日米両国が政治レベルでギクシャクしていると、マスコミは批判的な報道に終始するようになるであろうし、その報道を毎日見ている国民も、東日本大震災への記憶が遠いものとなっていくに従い、在日米軍に対する過去の感情を蘇らせる可能性もある。

 

 そのような状態にさせないためには政治レベルでの良好な関係が求められる。

 

 一方で、日米同盟の重要性を考えるとき、その維持強化は政治の最優先課題の1つであるはずである。政府は、早急に普天間飛行場移設問題を解決し、日本の努力と誠意を示すことが日米同盟の維持・強化のための第一歩である。

 

 定例懇親会は、定刻に中締めの乾杯が行われたが、日米の現役およびOBの輪は崩れることなく、会場は、友情と信頼の絆を楽しむかのような温かい雰囲気にいつまでも包まれていた。

 

 懇親会を終えての帰り道、日米ネービー友好協会の設立へと男たちを動かした「危惧」と「志」に思いを馳せながら、臨海公園まで来て、海の方へと目を移し暗闇に包まれた港内に停泊する日米の艦艇を一望したとき、「日米両ネービーの強い絆があるから、安心してください」という声が聞こえたような気がした。