【経済が告げる】編集委員・田村秀男
野田佳彦首相は消費増税に向け「不退転の決意」一点張りだ。野田さんは消費税率をアップすれば税収が増え、社会保障財源が確保できると信じている。多くの評者もそうなので、野田さんはぶれようがない。
だが、デフレ不況下の日本が大型増税に踏み切れば、経済活動が一層萎縮し財政健全化どころか財政危機を招く。欧州金融危機再燃や中国経済の減速に直面する国際金融市場を混乱させる要因になる。
そう恐れるのは、今や筆者ばかりではない。
セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEOは産経新聞紙上で「いずれ消費税は上げざるを得ないが、今の経済の最大の課題はデフレ脱却だ。まず増税ありきでは消費者がモノを買わなくなり、企業収益も悪化し、結果として税収も減る」と語っている。
大和総研によると、2014年消費税率8%、15年同10%を柱とする「社会保障と税の一体改革」で、子供が2人いる年収500万円の標準世帯では消費税分16万円など負担増で可処分所得が約31万円も目減りする。可処分所得とは、家計の収入から税、社会保険料などを差し引いた手取りのことだ。それが月額平均で2万5833円も減る。13年からは復興増税ものしかかる。
日本型デフレ病は緩慢だが、物価下落の幅以上に所得が減り続ける。勤労者のひと月あたり可処分所得は1997年以来、前年比で平均1%、4770円ずつ下落してきた。消費増税の結果、慢性デフレが激症デフレに転化しかねない。
国際通貨基金(IMF)内部でも動揺がみられる。IMFは最有力の資金提供国・日本の財務官僚の働きかけに応じ、早期で大幅な消費増税を勧告してきた。ところがここに来て、IMFのチーフエコノミスト、オリビエ・ブランチャード氏が多額の政府債務国による急激な緊縮財政の実施に警鐘を鳴らし始めた。
同氏はIMFのブログで、昨年末以来、(1)財政再建作業が低成長につながると投資家は一転して否定的な反応を示すようになり、国債市場のリスクが高まる(2)財政再建は「スプリント競技ではなくマラソンであるべき」で財政再建は「優に20年かかるだろう」-と論理展開している。
日本を名指しにしてはいない。しかしこれは、性急な対日増税勧告の舌の根も乾かないうちに取り下げるわけにはゆかないからだろう。
増税論者は「いや、消費増税は2、3年後ではないか」と口をそろえるが、生きた経済を知らない言説だ。現時点での消費も生産も投資も市場も将来見込みで動くのが経済というものである。大型増税が控えているとなれば、鈴木氏が恐れるように、消費はますます落ち込む。
デフレ日本の国債は利回りが低くてもモノに対して着実に価値が上がる金融資産だ。消費増税でデフレが加速すると見込む日本にはユーロ債などを見切る投資家が殺到し、国債と円の相場はますます高くなる。デフレのために国内総生産はグーンと縮小し、全体の税収は大きく減って財政収支が悪化する。するとブランチャード氏の警告のように日本の金融市場は不安定になるだろう。
野田内閣と民主党、さらに野党側にもそうした危機意識はほとんどないまま、消費増税を政局の手段にしている。その姿は、国際的にみて異様としか言いようがない。