防大卒よ井の中から飛び出て日本再建の先兵となれ!! | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 







東大卒に率いられてしまった日本の不幸。


草莽崛起:皇国ノ興廃此ノ一戦在リ各員一層奮励努力セヨ。 


2012.01.23(月)森 清勇:プロフィール





西郷隆盛は「政の大體は、文を興し、武を振ひ、農を勵ますの三つに在り」と述べている。米国の占領政策と押しつけ憲法で、文が歪められ武が放棄させられた日本である。今またTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)で農が揺らぎ、日本丸は沈没寸前である。

 国の最高責任者が莫大な贈与を受けながら違憲違法の脱税をし、他方で自衛隊の最高指揮官であることを知らない人間が首相になる。日本は道義も責任感もない人士をリーダーに据える無責任国家に成り果てており、早急の軌道修正が求められている。

国家には安全保障の視点が不可欠

軍服姿の西郷隆盛(ウィキペディア

 


 各種の調査を見れば、日本が好かれる国であることは確かである。国民は外国人に対して親切であるし、犯罪も少ない。歴史もあり、アジア諸国で消失した文化遺産も保護されている。

 科学技術が進んでおり、自然環境の保全もよく山紫水明である。また、有償無償を問わず条件の緩やかなODA(政府開発援助)をはじめとする支援は歓迎されている。

 しかし、国連の常任理事国入りをはじめ、国際機関やその部局の長などの選挙では負けることが多い。言うなれば、外交力が必要な局面においては、日本は多くの場合後塵を拝する結果に終わっている。

 日本が然るべき力を獲得するためには、国際社会の力学的な構造を知らなければならない。すなわち、武力を行使することは控えるとしても、国家においては軍事力という背景が不可欠であるということである。

 米陸軍の高級幹部コースにいた時、クラスメートから耳にタコができるほどTAXという言葉を聞いたし、その中の幾人かは夜間のMBA(経営学修士)コースに通っている(またはこれから専攻する)と言っていた。

 自衛隊と違って米軍将校はしっかり保障されるだろうに、さすがに資本主義の国だと、慨嘆とも感心とも違う感じを受けたことを思い出す。

 その後、高級官僚が政治任用であるために、政権が代われば上級官僚は一斉に更迭されること、そのために新しい職場を探し出さなければならない運命が多くの人を待ち受けていることを知った。

 将校といえども生涯の職業ではなく、税金のことや経営的な知識が不断に求められることが多いと聞くに及んで納得した次第である。

 逆に言えばそうした転身の門戸が(個人の努力とも関わるが)大なり小なり開かれているということである。

 これは、他面において、セクション単位ではなく、国家単位の人脈形成にもつながり、国民の各界各層に安全保障や国防意識が必然的に広がる要素ともなっている。

 こうして、将校でも経営学修士号などを保有することに違和感はなさそうである。

 日本人に知名度の高い人士の経歴を見ても、昨日まで軍人であったものが、今日はウォール街に出入りしており、明日にはハーバード大学で教鞭を執り、あるいは官庁の役人になったりすることになる。

リチャード・アーミテージ氏(ウィキペディア

 


 アーミテージ報告で有名なリチャード・アーミテージ氏は、アナポリス海軍兵学校出身でベトナム戦争に従軍するがパリ協定による停戦を拒んで除隊する。

 その後国防総省情報局員や上院議員秘書を経てレーガン政権で国防次官補を務め、野に下っては政策コンサルティング会社を設立。ブッシュ(息子)政権が発足すると国務副長官として入閣した。

 米国のエリートと称される人士は軍隊で幅広い人脈を形成する一方で、経営学士や修士号などを有し、除隊後は政財官学などで活躍することも多い。

 生涯1カ所で働くわけではないが、そこでの成果を以って次のステップに向かうために、思いは当面のセクションというよりも、国家に奉仕する思考とならざるを得ない。

旧軍の教訓を踏まえて設立された防大

 大東亜戦争は日本にとっては乾坤一擲の戦いであった。しかし、日本開発の八木アンテナは米軍に使用され得意の夜襲はしばしば不成功に終わった。

 そのうえに、暗号が傍受解読されて日本軍の行動が逐一後手に回るという大失態を演じ、日本軍の戦力は幾何級数的に激減していった。

 旧軍の技術軽視について、エピソードがある。

 指導教官(になる人だから、彼は作戦将校が技術将校より優位であることを熟知したうえであえて)は学業抜群のものに東大員外生となって技術将校を目指すように諭す。しかし、技術ではせいぜい中将止まりで目指す大将になれないということで、あえて員外生試験に失敗して第一線将校への道を選んだ人もあったと言われる。

 糧秣(今日言うところの糧食)は追送が常態であるが、戦局が厳しくなり輸送船などが不足してくると戦う部隊が自ら現地において手当てする必要に迫られた。戦いながらの自給は小部隊で短期間戦闘ならばともかく、何千何万の旅団や師団が何カ月・何年にも及ぶ作戦ともなると不可能である。

 ましてや兵器装備は糧秣と違い、現地調達はもともと不可能である。国内の軍需工場は航空優勢を失うに従って破壊され、輸送船舶の減少と相まって、追送もままならず着の身着のまま(持てる兵器装備だけ)で戦うしかなかった。

 こうした背景には第一線で戦う兵隊は偉いが、後方を担当する輜重(しちょう)(今日言うところの兵站)や輸卒(ゆそつ)(同輸送兵)は軍隊で最下位の兵隊の部類にさえ入らないという、間違いも甚だしい考えがあった。

 以上は技術的、物質的なことであるが、戦いの基本に関わる問題、すなわち「敵を知り己を知れば百戦危うからず」で膾炙される情報を軽視ないし無視し、大本営発表に見るように戦意高揚のために捏造して発表するなどによって味方さえ欺き、戦略・作戦さえ立案できなくしてしまった。

 また、作戦を指導すべき中央では、陸海軍が意見を異にし、国家としての作戦統制が取れなかったことが致命的であった。その根幹には仲の悪さもあったとされる。

 技術(暗号も含む)、兵站(輸送も含む)、情報を軽視し、陸海軍の仲が悪かったという旧軍の教訓に立ち、防衛大学校(以下防大)は設立された。

 すなわち、理工系の一般大学基準を取り入れ、陸海空自衛隊の幹部となる要員が、同じ学生舎で寝食を共にする仕組みにしたのである。

防大卒の活躍と弊害

 防大が設立されて60年が経過した。その間、3万人を超す学生が巣立ち、自衛隊の幹部として日米同盟を支える大きな柱となって日本の安全確保に役立ってきた。

原発20キロ圏内、立ち入り禁止の「警戒区域」に

東日本大震災では自衛隊が大活躍した。写真は車両の除染作業を行う自衛隊員〔AFPBB News

 


 また、昨年の大震災やPKO(平和維持活動)・オリンピック支援などの国際的・国家的事案や行事において活躍してきた。しかし、弊害も多く見られるようになってきた。

 その1つは視野狭窄、かつ保身である。

 同じ環境で人格を形成し価値基準を育んできただけに、思考の道筋もほぼ同じである。その結果、違う思考過程で問題解決に果敢に挑戦する発想は排除されやすい。

 端的な例が、栗栖発言や田母神論文のように日本の根本に関わる問題に対する消極的姿勢で、皆で渡れば怖くない心境に根差している。

 2つ目は暗黙の裡にエリートクラブとでもいうようなものが形成され、能力評価が属人的になる傾向である。特に高級幹部コースを履修したエリートという同族意識が作用して高い評価を受ける傾向があり、活性化を阻害している。

 冷戦終結の1989(平成元)年から防大卒が最高位に就くが、統合幕僚長(統幕議長を含む)10代、陸上幕僚長12代、海上幕僚長13代、航空幕僚長12代のすべてが防大出身者である。

 米国でもウェストポイントなど軍学校のエリート閥があるようで、弊害除去にイラク戦争時のパウエル統合参謀本部議長のようなROTC(一般大における予備役将校訓練課程)出身者などと競合させている。

 実際、冷戦後の統参議長8人のうち3人だけが軍学校出身で、他は一般大学卒である。それ以前には高校卒や大学中退の統参議長もいる。

 3つ目はサラリーマン化して、もしや「国防の心」を持ち合わせていなかったのではないかとの疑問である。

 「定年」は公務員という身分の終わりではあっても国防に寄せる心の終わりではない。定年後は身体的勤務がない分、「心」があるならば精神的貢献は一層強くなってもいいはずである。

 しかるに、高級幹部であった多くの防大卒は、あっさりと「国防よ、さらば」とでも言わんばかりの態度を示す者が多い。

 私はかつて隊友会発行の『ディフェンス』誌で、防大卒は3分の1くらいが自衛官になり、残り3分の2は政財学界などで活動した方が、国益に資するのではないかと提言し、その後も機会あるごとに人に話してきた。

 「輝号計画」の名で自衛隊の魅力化が進められ、防大卒を辞めさせない方策に苦心していた時期でもあったので異端も甚だしかったが、その後の国情、なかんずく今日の状況を見て一層その思いは強まっている。

 安全保障や国防意識を日本人が持ち得ないのは日本国憲法に本源がある。しかし、政治の不安定と政治屋としか呼べない政治家の国家意識の欠如からくる無責任で、憲法改正どころか集団的自衛権の行使さえまともに議論できない。

 これは、一に国民の間における安全保障に対する意識が薄いゆえである。民間で活躍する防大卒の人脈に比較して、一般大から幹部になった人が持つ人脈は母数の甚大に比例して著しく多いはずであり、安全保障や国防意識の拡大には大きな希望が持てるのではないだろうか。

 ほんの一部を除き優秀な人材が一般大から来ないとも仄聞するが、自衛隊幹部が真の競争社会になっておらず魅力がなかったことも原因していたのではないだろうか。出身大学や高級課程コースに学んだ学歴による評価ではなく、真の能力評価で活性化すると思われる。

 他方、防大建学の精神に背馳し、時代を重ねるに従って技術、兵站、情報軽視と思われる弊が見られないでもない点は心すべきことである。

次善の策で隘路の突破を

 国家は独立と自由を確保し、国益を毀損しないように行動する。その基軸は軍事を主体とする国家安全保障の知悉である。国家安全保障なくしては経済も教育も社会保障もあり得ない。

 戦後日本の平和は、冷戦構造における西側の一員に留め置きたい米国の意志で辛うじて保持された。憲法の範囲内で日米安保を維持する努力をしてきたが、しょせん軍隊を保有しない日本でしかなく、日米関係が同盟であるという認識さえ持たなかった首相もいた。

 要するに、自分の国を自分で守る意志さえ明確には持ち合わせていなかったということである。

 同盟の本質に関わる集団的自衛権について、保有するが行使できないという世界の常識からかけ離れた日本である。同盟の深化を声高に発信しなければならないことは、裏返せば国民総軍事音痴の証左でもある。

 「同盟などというものは、双方の利害が対立すれば一夜で消える」と喝破したのはフランスのシャルル・ド・ゴールである。さらに「政治を主導するのは官僚ではなく政治家だ。そしてそれを最終的に決めるのは国民自身である」とも述べている。

 米国の力が相対的に弱ってきた今、同盟国である日本がしっかりしなければ、お荷物とばかりに放擲されかねない。今こそ政治屋に成り下がった政治家の生殺与奪を国民主導で行うべきである。

 3.11事態で自衛隊は重用されたが、最高指揮官の認識不足で朝令暮改の命令が発出されたばかりでなく、日本の安全そのものに対する体制の不備も露呈した。

 「平和を愛する諸国民」などという綺麗ごとではなく、国際社会は厳然としてバランス・オブ・パワーで動いていると認識せずにきた政治がもたらした結果である。

 ライフラインのシーレーン防衛や領域警備は言うに及ばず、外交にも軍事力が不可欠である。しかし、日米間に戦争があったことさえ知らない戦後世代の多くは「外交に軍事力?」と素っ頓狂な声さえ上げる。マスコミが怖いのか、日本のリーダーたるべき政財官の要人も1人として言い出そうとしない。

 根本的には憲法改正が必要であるが、現状では期待できそうもない。尖閣諸島沖における中国漁船の衝突事件もあり、国家安全保障に絡めてやや踏み込んで記述した教科書が従来より多くの中学校で採用される方向にあるが、その比率は依然として僅少である。

古代都市カルタゴの工芸品、来年日本で巡回展

カルタゴ遺跡〔AFPBB News

 


 古来、軍事抜きで国家の存立はあり得ず、アテネやカルタゴ、ローマの歴史に見る通りである。

 繰り返すが、戦後六十余年間の日本の独立と安全・安定は、ひとえに超絶した覇権国・米国がもたらした僥倖であった。米国の覇権が揺らぎ始めたいま、日本は自立自存に耐えうるか否かの分水嶺にある。

 周辺諸国への理不尽な謝罪外交は、歴史を正視しない自虐と国軍を有しない無脊椎国家に成り果てていることに由来する。

 分不相応の強大な国軍を以って覇権を唱えよというのではない。自国の国益を主張する気構えの礎にせよと言いたい。それによって国家も国民も自信と元気が得られること必定であろう。

 そのためには、国民が国家の防衛や安全保障について最小限の意識を共有することが喫緊の課題である。

 一般大学においても安全保障関係の講座が増えつつあるが、「非軍事的な安全保障」教育が主体で、安全保障の基底にある「軍事・戦争」問題が等閑視されている。こうした観点から見た場合、防大教育は敢然と異なる。

 本来は国軍を保有すべく憲法改正を行い、国民にも等しく国防の義務を課すことが正当であろうが、それが覚束ない現状における次善の策として、防大が自衛隊幹部を養成する機関であり卒業生は基本的に自衛官になる義務を有することを承知のうえで、日本沈没を回避する手段として防大卒業生(数年間自衛隊を経験すればなお結構)は各界に進出し日本再建の先兵になれと提言したい。

省益優先の東大卒官僚

 戦後の歴代首相を見ると東大卒は33人中10人で30%である。内閣制度始まって以降では62人中15人で24%でしかない。東大はもともと官僚養成の学校であり、霞が関の各省庁幹部は言うに及ばず、その周りに蔓延る各種各様の法人に天下っているのも多くが東大閥である。

 今日の政権運営を見ていると、あまりにも覚束ない。それは国家の運営に軍事力を考慮したバランス・オブ・パワーという、古来言い古された視点が完全に欠落しているからである。戦後教育の結果であり、むべなるかなと言わずにはおれない。

 今日を生きる我々は、現在ばかりでなく将来にわたっての責任を持たされている。先祖から受け継いだこの日本という国家、それを維持発展させて子孫にバトンタッチすることが至上の務めである。

 米国国務省の傘下機関が出した外交の手引き書がある。

 これによると、日本人は国内で統一すべき意見をセクショナリズムが困難にする。そこで国際場裏に各省からなる大代表団を送り、各省の代表が甲論乙駁して参加国代表団に「さあ、どの省の意見が最もいいでしょうか」と問うというのだ。

 各国の代表団は、日本がどこよりも多くの代表団を派遣するのは大きな決意を秘めてのことだろうと戦々恐々としているところに、こうした状況が展開されるので日本ほど与しやすい国はないと書いている。

 その各省の代表は多くが東大卒のキャリア(国家公務員試験1種合格者)たちである。要するに、彼らは同じ大学を卒業して国家公務員として入省するが、省益重視という構造社会に生きる動物と化し、国家公務員としてあるべき志操を昇任に反比例して失くしていく。

 最近の公務員制度改革で反対の狼煙を挙げたのもほかならぬ各省の幹部たち、その多くが東大卒のキャリアたちである。

 公務員制度改革の旗手と目されていた古賀茂明氏が「日本の官僚は優秀でも公正でも中立でもない」と言うとき、彼の視野にあるのは東大卒官僚である。

 国家公務員でありながら、国家に損失を与えることを何とも思わず、自分の属する省の利益、ひいては自分たちの天下り先の確保につなげる利権が生じるように行動する仕組みに構造化されていると指摘する。

 そこで、価値観の多様性を確保する観点から、「東大出身者は多くても3分の1まで」と制限した方がいいと提案する(『官僚の責任 』)。

おわりに

 同じ大学卒が組織の1カ所に集まる弊害は官僚社会も自衛隊も同じようである。災害派遣などでの自衛隊の活躍は被災者の献身的な行動と共に国民に感動を与えたが、本来任務が国防であることを総理さえ忘れていた節がある。

 周辺諸国はこの時とばかり、日本の国防力をチェックするかのようにいろいろな揺さぶりをしてきた。物理的には日米同盟に依存するにしても、「自分の国は自分で守る」という意識を広め、備えを保つことが国家の抑止力であり日本の安全に寄与する。

 大東亜戦争に敗れた日本ではあったが、戦後の繁栄をもたらした要因に教育の普及や徳義心を挙げる人は多い。その具体的な表出は身を犠牲にして散華した英霊への敬意であった。しかし、戦後も2世代を経て、教育は荒廃し、道義心は廃れ、国民に活気が見られない。

 こうした中にあって、防大生は「廉恥・真勇・礼節」という自らが守るべき学生綱領を掲げて、日本の柱石になる覚悟を有している。

 前述したように、本来は自衛隊の幹部となるべき人士の養成であり、卒業後に自衛隊員になることを拒めば任官拒否という後ろめたいレッテルを張られてきた。

 しかし、こうした徳義を持った人士が自衛隊にだけ留まっていては初代槇智雄校長の「自衛官である前に良きジェントルマンであれ」という建学の精神も十分に生かされない。国家の浮沈に際して、日本の各界に進出していよいよ真価を発揮すべき秋(とき)ではないだろうか。

 松下村塾で学んだ有志が明治維新を成し遂げる原動力となった。今こそ立つべきは、国民否定の中に日本の再建を担うべく創設された防大出身者ではないだろうか。