【正恩新体制】実母の「在日」
【ソウル=加藤達也】
北朝鮮で1980年代、金正日総書記の後継指導者となった正恩氏の実母、故高英姫(コ・ヨンヒ)氏が「在日朝鮮人の帰国者だ」と口にした住民らが粛清されていたことが分かった。元在日朝鮮人脱北者の男性=40歳代、自営業=が明らかにした。
男性は60年代、帰国事業で両親とともに帰国。その後、親の「英雄的功績」から平壌居住を許されるなど帰国者としては厚遇されていたが、90年代に中国経由で脱北した。
男性によると高英姫氏は70年代、20歳を過ぎたころには舞踏家としてメディアにも登場、帰国者であるということは有名だった。
金総書記の公式デビュー(80年10月)以降、「後継者(金正日氏)の愛人となった」「(金正日氏の)子供を産んだらしい」-などの情報が広がる。
男性は「北朝鮮では帰国者は革命思想的に弱く、いつ敵対側に寝返るか分からないと認識され虐げられていた」と指摘。このため帰国者の間では帰国者女性が金正日氏に見初められたことで、「北朝鮮での帰国者の地位や暮らしも好転するのではないか」との期待感が高まったという。
だが、治安当局は「これまで国が敵対視して排除していた在日帰国者の女性を金正日はなぜ愛人にしたのか」と批判的な見方が広がっていることを懸念。この情報について、取り締まりを強化したという。
男性が粛清を目の当たりにしたのは、金正日氏の公式デビューを翌月に控えた80年9月の朝、隣家に住む友人男性が突然、連れ去られたことだった。その後も突然所在不明となる帰国者が後を絶たず、1カ月の間に3家族が次々に姿を消したこともあった。理由として共通していたのは「秘密を口にした」だったが、残された知人や家族にはまったく心当たりがなかったという。
90年代に入り、男性は秘密警察に勤める知人に調査を依頼。その回答に衝撃を受ける。連行された理由は、「高英姫氏が在日の帰国者だったと口にした」というものだった。そして「どんなに金を積んでもコネを使っても絶対に釈放されることはない」と告げられた。
高英姫氏の出自をめぐっては金総書記の死後、北朝鮮が「最高機密」に指定、口外者は厳罰の方針を決めたことが明らかになっている。男性は「北朝鮮では帰国者は信用できないと教えてきた。指導者候補だった金正日の愛人が帰国者だったというだけであれだけの粛清だった。指導者の母親が帰国者だという事実は絶対に認められない。あらゆる手段で必死に隠し、偽のストーリーを作るだろう」と指摘している。