米国が北朝鮮新政権に抱く3つの懸念。
2011.12.21(水)古森 義久:プロフィール
北朝鮮の独裁者、金正日労働党総書記の死去が発表された。2008年夏に軽い脳卒中に襲われたとされたものの、金書記はその後、公的な場に頻繁に登場し、熱っぽい言動をみせて回復を印象づけていた。だから今回の死去の報は唐突とも受け取られた。
米国はこの北朝鮮のカルト的な最高指導者の死にどう対応するのだろう。
首都ワシントンでは12月18日夜に「金正日死亡」のニュースが流れたが、翌日の主要新聞各紙はそれほどの重大ニュース扱いをするところは少なかった。テレビはかなり大きな扱いで詳しく報じたが、それでもなお天地が揺らぐような衝撃のニュースという位置づけからはほど遠かった。
だが米国の政府や議会、そして研究機関の関係者たちの間では、今回の出来事は朝鮮半島の情勢はもちろん東アジア全体の地政構図を根幹から変えかねない重大異変として受け止められたと言える。
その結果、今後の朝鮮情勢の読みや米国の対応のあり方が各所で熱心に論じられた。朝鮮半島の現実を知る人であればあるほど、深刻に受け取る出来事が金正日書記の死だと言えるようだ。
ヒラリー・クリントン国務長官はたまたま12月19日にワシントンを訪問中の日本の玄葉光一郎外務大臣との共同記者会見で金書記死亡に触れ、「朝鮮半島の安定を望む」ことと、日本や韓国という米国のアジアの同盟諸国と連帯して「情勢の監視を強める」ことを強調した。
同じ日、バラク・オバマ大統領は野田佳彦首相との電話会談で同様に「朝鮮半島の安定維持」を政策目標として掲げた。
米国政府首脳がこれだけ「安定」を力説するのも、北朝鮮政権がそもそも不安定な行動を続けており、危険な挑発に再び出る可能性が高いからである。その素地からすれば、今回の唐突な政権移譲では、まずは暴発的な危機が起きないことに腐心するということだろう。
国政の経験も実績もほとんどない正恩氏
さて、米国側ではこの北朝鮮にとっては歴史的な変革をどのように見て、特にどんな点に懸念を向けているのだろうか。
まず第1点は後継の28歳の金正恩氏の下で、これまでの「金王朝」とも言える政権が従来の権力を保っていけるのかどうか、である。
この疑問には当然、金正恩氏を倒して、他の指導者が頂点に躍り出てくる可能性の有無論も含まれている。
この点、国家安全保障会議のアジア部長などを務め、今はジョージタウン大学教授ともなった戦略国際研究センター(CSIS)研究員のビクター・チャ氏は次のような懐疑を表明した。
「金正日氏は父親の金日成氏が1994年に死去するまでの年月、すでに後継となることが確実とされ、その間、14年も準備をすることができた。
だが、正恩氏は後継と決まってからわずか3年ほどしか経っておらず、しかも国政の経験も実績もほとんどない。独自に抱える部下も少ないし、独自のイデオロギーも皆無だと言える。だから正恩氏にとっての権力の完全な掌握と保持は非常に難しい。
それでも正日総書記の遺産で正恩氏を盛り立てていこうとする政権機能は作用するだろうが、個人の権力の基盤は脆弱だから、なにかちょっとした異変や過誤があると、重大な混乱も起きかねない」
核兵器開発のスピードはますます速まる?
第2は北朝鮮の核兵器の動向である。
米国歴代の政権、そして今のオバマ政権にとっても、北朝鮮の動向で何が最大の懸念かと言えば、明らかに核兵器の開発、つまり北朝鮮の核武装である。指導者交代により、核兵器開発はどうなるのだろうか。
この点について、米国議会調査局で30年も朝鮮半島情勢を専門に研究したラリー・ニクシュ氏は次のように語った。
「北朝鮮の核兵器開発は金正日書記の死で、これまでよりもむしろ速度を早める恐れがある。
その理由として第1に、正恩氏が新リーダーとしての自分の強固さや自国の威信を誇示する必要を感じ、核兵器という父祖年来の積極戦略をぜひとも遂行したいと願うと見られることだ。
第2には、新体制下では正恩氏の力不足からどうしても集団指導制の要素が強くなり、そこでは軍部の影響力が高まると見られることだ。軍部は当然、核武装推進の急先鋒だから、その力が強まれば、核開発にもより多くの国家資源が注がれることになる。
米国や韓国、日本にとっての悪夢は、北朝鮮が中距離、長距離の弾道ミサイルに核弾頭を装備する日が到来することだ。その現実性がまた一段と高まってきたと言える」
異様な独裁に突き進む可能性も
米国が注目する第3の点は、金正恩氏が新最高リーダーとしてどのような対外政策をとるか、である。
北朝鮮は最近、韓国の哨戒艇を撃沈し、韓国領の島に砲撃を加えるなど、危険な軍事挑発を繰り返してきた。その一方で米国に対しては食糧援助と引き換えに核問題での6カ国協議に応じるような軟化の兆しをも見せてきたという。
こうした北朝鮮の錯綜した対外政策は、今後、金正恩政権下ではどうなるのだろうか。米国側の関心は当然ながらきわめて強い。
その点についてヘリテージ財団の朝鮮問題の専門家ブルース・クリングナー氏は以下のような見解を発表した。同氏はCIA(中央情報局)で長年、朝鮮問題を担当したベテラン研究者である。
「金正恩氏は、当面は父や祖父が採った政策の基本を忠実に継承しようと努めざるを得ないだろう。その政策とは、異様なほどの独裁の下でのナショナリズムの高揚と軍事重視が主体となる。軍事面では核兵器保有が主要目的となる。
一方、正恩氏はスイスで教育を受けたことや若いことから、なにか新しい改革や刷新の発想を持っているだろうという観測もある。
しかし、最高指導者としての地歩を固めるには、軍部と労働党の首脳にまず依存しなければならない。軍や党の首脳は当然、現状維持の守旧派だ。正恩氏は守旧派の意向に沿うだけでなく、そこからの強い支持を得るために、米国や韓国のような『外部の脅威』に対して、これまでよりも強硬に立ち向かう行動を誇示するかもしれない。
だが、いずれにしても当面は父親の喪に服し、政権移譲を円滑に終えるために、外交活動を事実上、凍結する公算が大きい」
以上のように見てくると、米国側の今の北朝鮮への視点は大枠が明らかになると言えよう。米国はこれらの諸点の他にも、例えば、中国が北朝鮮の新体制に対してどのような態度を取るかについても、真剣なまなざしを向けている。
こうした激動と混迷の中で、わが日本は北朝鮮の新たな動向をどのように見て、どのように対応すべきだろうか。
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