夕刻の備忘録 様のブログより。
賢者は沈黙する。
沈黙すべき時、場所、相手を心得ている。
故に賢者である。
愚者はこれを心得ない。
沈黙すべき時に論を張り、場所を弁えず、相手を選ばない。
故に愚者である。
表面的な多弁・訥弁の問題ではない。
言葉多き賢者も居れば、少なき愚者も居る。
僅か一言で正体がバレてしまうものである。
★ ★ ★ ★ ★
前原は典型的な愚者である。
馬鹿のスタンダード・モデルである。
相手を選ばず、己の立場を顧みない。
TPPだ、EPAだと言う前に「発言のTPO」を弁えろ。
八ッ場ダムの問題では、その硬直した精神をさらけ出し、普天間問題では、その無責任気質を露わにした。日航問題では、その発言を二転三転させ、国交相、外相とより上位の位置へと転じながら、「地位が人を育てる」という格言の「抜群の反例」となった。
そして、外国人献金問題で辞職したにも関わらず、沈黙すべき時に沈黙する能力の無い人間であることを満天下に曝した。表舞台から引いたはずの人間が僅か数ヶ月後に代表選への出馬を模索していた。
自分には「総理になる準備も無く、資質も無い」と断言した男が、一転して党代表選に出馬した。しかも、先輩格である「野田の対応が悪かったからだ」と明言した。自ら「自分には総理たる資質が無い」と言っておきながら、野田では心配だから自分が出ることにした、と前言を翻したのである。選挙一週間前の「マスコミ下馬評」では圧勝を伝えられながら、数日前には「混戦」と報じられ、実際には決選投票にも残れない大惨敗を喫した。
代表選の演説では、聞かれてもいない「永田議員」の名前を出し、不承不承に献金問題に触れるという、姑息なアリバイ工作に徹していた。「これで禊ぎは済んだ」とばかりに触れ回っている様子が、周辺議員の間から洩れ伝わってきた。外国人ばかりではない、暴力団フロント企業からの献金問題もある。そして、この件に関しては、野田、蓮舫と一蓮托生の関係にある。
そうした問題もあってか、閣僚からは外れたものの、野田は党の要職を用意して丁重に遇した。山岡は小沢派の、平岡は菅派の、論功行賞であると言われている。野田の人事は、単なる派閥均衡ではなく、口封じの意味が強い。各派閥のポイントを抑えて、「沈黙を強要している」のである。
ところが、民主党に賢者は居ない。地位や金で釣って、幾ら沈黙を強要したところで、地金は直ぐに出てしまう。長き沈黙には耐えられない愚者集団である。その筆頭が前原である。
自分にはその資格が無いとまで言った男が、先輩の出馬を批判し、あれでは物足りないとまで周囲に語って、一転して出馬した。違法献金、闇献金の問題があるからこそ、互いに腹の探り合いをやっていたのであろう。それ故に、漸く与えられた党ポストのはずである。野田が、どのような眼で自分を見ているかに気づいていないのだ。
もはや民主党執行部の「元代表たらい回し」の時代は終わった。代表経験者ですらない野田が代表になり、そのまま総理になった時点で、過去の代表経験者は全て「時代遅れの化石」となったのである。当然、その中に前原も入る。党内においても野田を筆頭に、「沈黙すら出来ない男」に対する評価は下がる一方である。
にも関わらず、今日もまた余計なことを話し出す。国内で足りなければ、外国にまで出向いて、要らぬ話を切り出してくる。二元外交の典型である。これでは玄葉も立つ瀬が無い。
在日外国人から献金を受けた、しかし何の利益供与も行っていないと断言した。ところがところが、今日も今日とて相手国に出向いてまで、我が国の国益を損ねる発言を連発していた。「李下に冠を正さず」という言葉さえ知らないのだろう。疑われている本人自らが出向いて、根拠不明の賠償請求を後押しするとは、流石に売国政党の元代表である。
★ ★ ★ ★ ★
口数の多い男は、その口数に比例するだけの根回しが出来ない。故に独断専行になる。沈黙する男は、単に口が堅いのではない、根回しに忙しく、しゃべる暇が無いのである。
二階へ上げて梯子を外す。これが愚者を葬り去る時の常套手段である。馬鹿と煙は高いところに昇るのであるから、二階へ上げることぐらいは訳がないのである。これまでも上げては降ろされ、上げてはまた降ろされを繰り返してきた。それでも気が付かない本物の愚者である。永田を上げて降ろしたのは、誰だったのか。自分の胸に手を当てながら、官邸の主人に想いを馳せるがいい。
多弁であり、かつその大半が虚言である。しかも、自身の献金問題については誤魔化し続ける。能力が無く誠意も無い。まさに民主党が抱えるあらゆる問題を体現している人間である。最終的な失脚も目の前である。その日が一日も早く来ることを祈り、またその為に行動したいと思う。御陰様で、その口が締まる暇も無いようであるから、こちらも尻尾を掴むのに苦労はないのである。
未だに自民党との比較論に相手を引き摺り込み、「それでも民主党の方が自民党よりはマシだ」と世論誘導しているマスコミ人が居る。現実は全く異なる。安っぽい比較論は無用である。結論は極めて簡単だ。もはや仕事が出来る・出来ないという話ではない。
「民主党は居ない方がマシ」なのである。
沈黙すべき時、場所、相手を心得ている。
故に賢者である。
愚者はこれを心得ない。
沈黙すべき時に論を張り、場所を弁えず、相手を選ばない。
故に愚者である。
表面的な多弁・訥弁の問題ではない。
言葉多き賢者も居れば、少なき愚者も居る。
僅か一言で正体がバレてしまうものである。
★ ★ ★ ★ ★
前原は典型的な愚者である。
馬鹿のスタンダード・モデルである。
相手を選ばず、己の立場を顧みない。
TPPだ、EPAだと言う前に「発言のTPO」を弁えろ。
八ッ場ダムの問題では、その硬直した精神をさらけ出し、普天間問題では、その無責任気質を露わにした。日航問題では、その発言を二転三転させ、国交相、外相とより上位の位置へと転じながら、「地位が人を育てる」という格言の「抜群の反例」となった。
そして、外国人献金問題で辞職したにも関わらず、沈黙すべき時に沈黙する能力の無い人間であることを満天下に曝した。表舞台から引いたはずの人間が僅か数ヶ月後に代表選への出馬を模索していた。
自分には「総理になる準備も無く、資質も無い」と断言した男が、一転して党代表選に出馬した。しかも、先輩格である「野田の対応が悪かったからだ」と明言した。自ら「自分には総理たる資質が無い」と言っておきながら、野田では心配だから自分が出ることにした、と前言を翻したのである。選挙一週間前の「マスコミ下馬評」では圧勝を伝えられながら、数日前には「混戦」と報じられ、実際には決選投票にも残れない大惨敗を喫した。
代表選の演説では、聞かれてもいない「永田議員」の名前を出し、不承不承に献金問題に触れるという、姑息なアリバイ工作に徹していた。「これで禊ぎは済んだ」とばかりに触れ回っている様子が、周辺議員の間から洩れ伝わってきた。外国人ばかりではない、暴力団フロント企業からの献金問題もある。そして、この件に関しては、野田、蓮舫と一蓮托生の関係にある。
そうした問題もあってか、閣僚からは外れたものの、野田は党の要職を用意して丁重に遇した。山岡は小沢派の、平岡は菅派の、論功行賞であると言われている。野田の人事は、単なる派閥均衡ではなく、口封じの意味が強い。各派閥のポイントを抑えて、「沈黙を強要している」のである。
ところが、民主党に賢者は居ない。地位や金で釣って、幾ら沈黙を強要したところで、地金は直ぐに出てしまう。長き沈黙には耐えられない愚者集団である。その筆頭が前原である。
自分にはその資格が無いとまで言った男が、先輩の出馬を批判し、あれでは物足りないとまで周囲に語って、一転して出馬した。違法献金、闇献金の問題があるからこそ、互いに腹の探り合いをやっていたのであろう。それ故に、漸く与えられた党ポストのはずである。野田が、どのような眼で自分を見ているかに気づいていないのだ。
もはや民主党執行部の「元代表たらい回し」の時代は終わった。代表経験者ですらない野田が代表になり、そのまま総理になった時点で、過去の代表経験者は全て「時代遅れの化石」となったのである。当然、その中に前原も入る。党内においても野田を筆頭に、「沈黙すら出来ない男」に対する評価は下がる一方である。
にも関わらず、今日もまた余計なことを話し出す。国内で足りなければ、外国にまで出向いて、要らぬ話を切り出してくる。二元外交の典型である。これでは玄葉も立つ瀬が無い。
在日外国人から献金を受けた、しかし何の利益供与も行っていないと断言した。ところがところが、今日も今日とて相手国に出向いてまで、我が国の国益を損ねる発言を連発していた。「李下に冠を正さず」という言葉さえ知らないのだろう。疑われている本人自らが出向いて、根拠不明の賠償請求を後押しするとは、流石に売国政党の元代表である。
★ ★ ★ ★ ★
口数の多い男は、その口数に比例するだけの根回しが出来ない。故に独断専行になる。沈黙する男は、単に口が堅いのではない、根回しに忙しく、しゃべる暇が無いのである。
二階へ上げて梯子を外す。これが愚者を葬り去る時の常套手段である。馬鹿と煙は高いところに昇るのであるから、二階へ上げることぐらいは訳がないのである。これまでも上げては降ろされ、上げてはまた降ろされを繰り返してきた。それでも気が付かない本物の愚者である。永田を上げて降ろしたのは、誰だったのか。自分の胸に手を当てながら、官邸の主人に想いを馳せるがいい。
多弁であり、かつその大半が虚言である。しかも、自身の献金問題については誤魔化し続ける。能力が無く誠意も無い。まさに民主党が抱えるあらゆる問題を体現している人間である。最終的な失脚も目の前である。その日が一日も早く来ることを祈り、またその為に行動したいと思う。御陰様で、その口が締まる暇も無いようであるから、こちらも尻尾を掴むのに苦労はないのである。
未だに自民党との比較論に相手を引き摺り込み、「それでも民主党の方が自民党よりはマシだ」と世論誘導しているマスコミ人が居る。現実は全く異なる。安っぽい比較論は無用である。結論は極めて簡単だ。もはや仕事が出来る・出来ないという話ではない。
「民主党は居ない方がマシ」なのである。