【笠原健の信州読解】
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111010/plc11101015000004-n1.htm
空自のFX機種選定
航空自衛隊の次期主力戦闘機(FX)の機種選定が大詰めを迎えている。防衛省は9月26日に製造メーカーなどからの「提案書」の提出を締め切り、年内の機種選定に向けて本格的な作業に入った。応募したのは米ロッキード・マーチン社製のF35、米ボーイング社製のFA18スーパーホーネット、英国など欧州4カ国が共同開発したユーロファイターの3機種だ。この中から「独断と偏見ではないか」とのそしりを受けるのを覚悟でユーロファイターのことをもう一度、ここで考えてみたい。
機種選定はわが国の安全保障政策を左右する
実は今年7月に小欄で「ユーロファイターが日本の空を飛ぶ日」というタイトルでFXの機種選定はユーロファイターが望ましい、という見解を示した。再び、機種選定問題を取り上げて、ユーロファイターを推すのでは、7月の時と何も変わらないじゃないか、とのお叱りを受けるかもしれない。
しかし、今回の機種選定はわが国の防空体制だけでなく、今後の安全保障政策や防衛産業の行方にも大きな影響を与えることになる可能性が強い。なぜユーロファイターを選ぶべきだ、と思うのか。7月のときに言い切れなかったことも含めて考えを披露したい。
実を言うと空自にとってF35、FA18、ユーロファイターの3機種ともベストな選択ではない。空自が本当に導入したかったのは第5世代のステルス戦闘機F22ラプターだった、というのはよく知られている。
防衛省はF22の導入に望みをかけたが、F22は単体の価格がほかの戦闘機に比べてバカ高くなってしまったのと、まさに軍事機密の固まりと言っていいような存在となったことで、米連邦議会が輸出禁止措置を取ってしまい、導入は不可能になってしまった。本来ならとっくの昔に決まっていなければならなかった機種選定がここまでノビノビとなったのは、防衛省がF22の導入にこだわり続けたためだ。
7月の小欄でも述べたが、空自の生みの親は米空軍といってよく、育ての親ももちろん、米空軍といっていい。過去の機種選定でも欧州機が候補に挙がったことがあるが、結局は米国機が選ばれており、今回の機種選定でも「ユーロファイターは選外」と見方が出ている。
日本防衛を約束しているのは米国だけだが…
東日本大震災で世界各国が日本への惜しみない声援を送ってくれ、支援をしてくれたが、世界の中でわが国が軍事同盟を結んでいるのは米国のみで、日本が武力攻撃を受けた場合、自国の青年の命を犠牲にしてまで日本の防衛のために軍隊を動かすと明言しているのは米国だけだ。
中国の急速的な軍事力増強、ロシア軍の不気味な動向、核開発や弾道ミサイル開発に躍起となっている北朝鮮のことなどを考えると、自衛隊と米軍との相互連携能力(インターオペラビリティ)を高める必要性はこれまで以上に強まっているのは疑いがない。そうなると、今回も結局は米国機、ということになってしまうのだろうか。
空自としてはF22と同じ第5世代戦闘機のF35を導入したい、というのが本音だろう。中国やロシアがステルス戦闘機の開発を急いでいることから、それに対抗するためにはステルス性能を持つF35を筆頭に位置づけているのは間違いないだろう。その次に空自幹部の頭の中にあるのはやはり米国機のFA18ではないか。
となると、ユーロファイターはやはり選外ということになってしまうのだろうか。7月の小欄でも書いたが、ユーロファイターの売り込みを主に担当しているBAEシステムズは極めて魅力的な提案を日本側に行っている。
危機に直面している国内防衛産業
ノーブラックボックス化、日本国内でのライセンス生産の容認、将来的には日本版ユーロファイター開発にもつながる可能性がある日本国産の電子機器の搭載や日本独自の誘導弾への対応可…。ユーロファイターがその性能上、そして軍事作戦を遂行する上でF35やFA18に比べて決定的に劣り、障害があるというのなら理解できるが、これほどの好条件の提案を蹴ってしまうことがわが国にとって本当にいいことなのだろうか。
9月27日に日米が共同開発したF2の生産が終了した。これで約半世紀にわたって続いてきたわが国の戦闘機製造は当面、途絶えた。すでに下請け企業の撤退が始まっているわが国の防衛産業が衰退してしまうかもしれない危機は現実のものになりつつある。だがユーロファイターを導入すれば、この危機を回避することができる。
ユーロファイターの導入は、米国一辺倒だったわが国の安全保障性政策に新たな可能性をもたらす。先に述べたように機種選定がここまで遅れたのは防衛省がF22の導入に執着したためだが、特定の国の戦闘機に大きく依存する防空体制は、わが国にとってあまりいいことではない。
全面依存は危険 リスクは分散するのが当然
2007年11月に米空軍のF15がミズーリ州で墜落する事故を受けて防衛省は、空自が運用するF15の飛行を見合わせたが、この時はF2が愛知県内の飛行場で事故を起こしたことを受けて飛行を停止しており、領空侵犯対処などわが国の防空は一時、F4に依存せざるを得なくなった。
この記事を読んでいる読者の皆さんが企業経営者だとしたら、自分の会社を創業する際に非常に協力してくれ、その後もさまざまな支援をしてくれた取引先の企業があったとしても、その企業に全面的に依存するようなことはしないだろう。
当然、リスクの管理はしなければならない。株式保有など資本提携の多様化、重要な部品など仕入れ先の分散化などを図り、万が一の事態に備えることは企業経営者として自らの会社や従業員、そしてその家族を守るための義務だといってもいい。
欧州製の最新鋭戦闘機としてはユーロファイターと並んでフランスのダッソー社製のラファールが知られているが、ダッソー社は今回の機種選定には参加しなかった。過去の機種選定でダッソー社のミラージュF1が候補に上ったこともあったが、結局は選外となった。フランスやダッソー社の思惑は分からないが、「ラファールをエントリーしても結局、日本は米国製機を選ぶに決まっている。『当て馬扱い』されてはかなわない」といったところではないか。
欧州が中国を連携相手に選んだとしたら…
今回の機種選定は、欧州諸国と連携するめったにない好機だといえる。BAEシステムズは担当役員を何度も来日させ、日本語サイトを開設するなど売り込みに懸命だ。欧州諸国がわが国に対して、「われわれと手を組もう」とプロポーズをしてきているといってもいいだろう。
わが国がこの真剣なプロポーズを無視したら、欧州諸国がわが国に対して再び連携を持ちかけて来ることはなくなってしまうのではないか。「所詮、日本は米国一辺倒。連携はできない。だったら、われわれは中国と手を組む」と欧州諸国から言われても文句は言えまい。
EUは1989年の天安門事件を受けて中国への武器輸出の禁輸措置を導入したが、中国は「対外協力は平等、相互互恵が原則だ」として武器輸出の解禁を求めている。金融危機の発生以来、その経済力にものをいわせて欧州諸国への支援を表明するなど中国は存在感をさらに強めている。
わが国と欧州諸国はともに民主主義政体をとり、基本的人権の尊重、言論の自由の保障など近代民主主義国家として基本的な理念を共有している。欧州諸国が連携する相手は共産党一党独裁の中国ではない。われわれ日本は軍事面でも欧州諸国と連携できるということをこの機会に証明しようではないか。
(長野支局長 笠原健)