日本の政治麻痺は相変わらずと指摘。
日本の新首相に野田佳彦氏が選ばれた。米国はどう見るのか。予想どおり懸念の表明が多かった。
その懸念の内容をあえて大別すれば、日本の政治最高指導者がこれほど頻繁に代わることへの不満や心配がまず第1、そして野田佳彦という人物への不安や懐疑が第2である。だが一部では野田政権への前向きな期待も表明された。
とにかく周知のように、野田氏は、民主党が2009年8月の総選挙で勝利を飾ってから2年ほどの間の3人目の首相なのである。自民党政権を含めると、2006年以来の5年ほどで6人目の首相となる。米国側でこの日本の首相の短命ぶりにあきれる声が起きるのも自然ではあろう。
問題だらけの民主党政権は日米同盟の絆を弱体化させる
さてワシントンの大手研究機関「ヘリテージ財団」は保守系だが、いや、保守系だからこそ、と言うべきか、今、アジアに関する研究活動が、多数のシンクタンクの間でおそらく最も盛んである。
そのヘリテージ財団のアジア研究部門のブルース・クリングナー氏とデレック・シザーズ氏が8月30日に共同で発表した報告書は、「米国は日本の新首相が真の同盟パートナーとなることを必要としている」と題されていた。
このところの日本での首相のあまりに頻繁な交代は真の同盟パートナーの登場を難しくしているという米側の懸念が、切なくにじみ出るようなタイトルだった。そして報告書は以下のように述べていた。
「今や日本の首相の交代は毎年の恒例の繰り返し行事となり、その行事として野田佳彦氏という人物がやっと日本の岸に漂い着いた。菅直人首相は無残にもその座を追われたが、15カ月という在任期間は最近の日本の基準ではわりと長い方だと見なされる」
「日本の将来はアジア・太平洋地域での米国の利害にとって限りなく重要である。だから日本の政治リーダーシップの果てしない漂流は米国にとって深刻な悩みとなる」
「日本の民主党は政権獲得以来、新鮮な政策を打ち出し、日本の政治システムに革命的な変容をもたらすと期待された。だが、現実にはそれまでの自民党政権と同様の統治面での無能力や党内派閥争いの蔓延を立証するだけだった」
要するに今回の首相選びも、民主党自体があまりに問題が多いという現実の証明だと指摘するのだ。そしてそのことが米国にとっての肝要な日米同盟の絆を弱めることになる、と心配するのである。
小沢問題と3党合意が真剣な政策論争を排除した
日本の政情への深刻な懸念は米民主党リベラル系の日本研究者シーラ・スミス氏も表明していた。同氏は大手外交政策機関の「外交評議会」の日本担当である。スミス氏は今回の民主党の代表選出の展開自体が同党の欠陥や日本政治の弱点を反映したという点を強調していた。
「今回の代表選では政策論争はほとんどなく、日本国民一般への訴えは皆無だった。5候補による2回の討論(共同会見)も党内の人間的な争いの平板な繰り返しだった。この種の争いが政策面で民主党の統治を麻痺させてきたのだ。その顕著な実例が小沢一郎氏の役割である」
「小沢氏は政治資金不正の罪で起訴され、民主党の党員の資格を失ったが、なお党内の国会議員の間に百数十人の支持者を有している。菅首相の後継者は、その小沢支持者からの支持を得る必要があるのだ」
「第2の焦点は民主、自民、公明の3党による合意への対応だった。与党の民主党が国会審議を円滑にするために野党の自民、公明両党との間で成立させた3党合意は、民主党に公約の子ども手当や高校教育無償化などを放棄させていた。この合意は民主党員の多くを怒らせ、失望させた」
スミス氏はその上で、民主党の小沢問題と3党合意が今回の代表選で真剣な政策論争を排除し、いわゆる党内の人間的な争いをさらに燃え上がらせたと指摘する。日本の首相があまりに頻繁に代わることも、結局は民主党の小沢問題に象徴される、こうした体質のせいだと診断するのである。
相変わらず国民不在の首相レース
では、野田氏自身への評価はどうだろう。
「ワシントン・ポスト」は8月29日の社説で「日本の政治家たちがまた再び新首相を選ぶ」という見出しで、野田新首相について論評していた。
「もし日本国民が選んだとすれば、新首相は前外務大臣の前原誠司氏だっただろう。世論調査では5人の候補のうち最高の40%の支持率があったからだ。だが民主党の398人の国会議員たちが選んだ新首相は世論調査では5%の支持率もない候補だった。前財務大臣の野田佳彦氏である」
こんな記述自体が野田氏は国民の支持や信託などとは無関係に選ばれたことをあてこすっていた。なにしろ野田氏はその人となりや政策では日本国内でもほとんど未知だったのだから、米国側で彼について知っているという向きは日本政治の専門家のなかでさえ、まずいなかっただろう。その未知の人物についての論評が容易ではないのは自明である。
この社説はさらに述べていた。
「野田氏は代表選で自分を川底に棲む醜いドジョウに例えていた。そして『私の外見はよくないから、首相としての支持率も高くないだろう』と語っていた。だが最近の日本の首相や政党への国民の低い支持率を考えれば、こんなことを自慢げに述べるのは奇妙である。首相としての低い支持率が選挙公約だとすれば、その公約の達成は確実だろう」
これはもう完全な「からかい」だと言える。単に野田氏個人への揶揄に留まらず、日本の政情への皮肉な論評である。
この社説は野田氏自身の政策や信念にも言及していた。
「野田氏の政治記録から分かる範囲で判断する限り、彼はいくぶんナショナリスティックな(彼の選出は韓国と中国で警戒の反響を生んだ)財政タカ派で、大震災の復興や債務の削減には消費税の増税をも主張する。この立場には、これ以上、借り入れを続けるべきでないと唱える日本のエコノミストの一部が賛成している。だが、この政策は輸出中毒、消費忌避という特徴から生じた日本の経済の矛盾をさらに際立たせるだろう」
「もっとも、この点での議論は無意味かもしれない。野田新首相は明確な政策の下に自党を団結させることも、その政策を法案として野党が多数を占める参議院を通過させることもたぶんできないからである」
この点も皮肉っぽい指摘である。だが日本の今の政治の問題点を直撃する指摘だともいえよう。
「総選挙によってしか今の日本の政治麻痺は解消しない」
一方で、野田氏への前向きな評価も米国には存在する。
前ブッシュ政権の国家安全保障会議でアジア上級部長を務めたマイケル・グリーン氏(現ジョージタウン大学教授)が8月29日に発表したリポートで以下のように述べていた。
「野田氏は日本国民に対しては比較的、低い姿勢を保ってきた政治家で、官僚や財界人、同僚政治家たちの間ではかなり高く評価されてきた。菅政権の財務大臣としての野田氏は日本復興のための実利的な措置を進めようとした。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)のような貿易自由化策や消費税値上げのような積極財政策である。社会の高齢化や負債の拡大への対応だった」
「野田氏の外交と防衛についての政策的立場は右寄り中道だと言える。彼の父親は陸上自衛隊員だったし、彼自身も日米同盟の強い支持者である。同世代の日米同盟支持の政治家たちに比べ、野田氏はイデオロギー的な要素がやや少なく、他人の話にきちんと耳を傾けると言われる」
野田氏の日米同盟重視のスタンスは当然ながら新政権が米国側に歓迎される数少ない点だと言えよう。
だが、米側ではそうした期待とともに、野田政権の基本的な弱さも認識している。グリーン氏は次のように論評していた。
「日本の今回の新首相は基本的には暫定政権の代表だという認識が広範である。国会は、民主党が多数の衆議院と自民党がコントロールする参議院によって機能を麻痺させてしまった。民主党は政権担当の政党としては弱体すぎ、自民党もまた不人気なのである」
だからグリーン氏は新たな総選挙によってしか今の日本の政治麻痺は解消しないと説くのだった。そんな険しい政治背景の中での野田新政権の登場だと見ているのが、米国側の認識の総括だとも言えそうである。