【采女のゆったりとした袖をひるがえすのは、明日香の風。都がなくなった今では、ただむなしく吹いているだけ。】
その昔、明日香の宮殿は天皇の身の回りをお世話する麗しい女性たち「采女」であふれていました。
当時、「揺らす」という行為には「魂を揺り起こす、魂を活発にする」という意味があり、明日香の風が釆女の袖を「揺らす」様子は、彼女らの魂が生き生きと輝いていた、つまり、明日香の都が華やかに栄えていた象徴なのです。
ところが持統八年(694年)、都は藤原に遷り、明日香の地は廃虚となります。当時の都はリサイクル。飛鳥の建物は全て解体して運ばれ、新たな藤原の地でまた組み上げられ再利用されました。現在「○○京跡」と記されて何もない場所がありますが、それらは建物が焼失したり朽ちてしまったわけではなく、すべてが新しい土地へと移築されたから。
何もなくなった明日香の廃虚。揺らすべき釆女の袖もなく、ただ空しく吹く風。華やかな都を知る人ほど、無くなった時の寂しさは深まります。この歌は、私たちが都の跡に立ったとき、当時を思い描く手助けになることでしょう。
1、校訂原典(漢字)
綵女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尒布久
2、現代語訳
采女の袖を吹きひるがえす明日香の風、今は都も遠く、空しく吹くことよ。
3、脚注
1)草壁の死によって遷都を決意、持統四年(690年)十二月十九日、同六年六月三十日ともに観地、大極伝を奈良県橿原市高殿町、鴨小学校付近に置く、初の条里制の都を持つ宮居。
2)古代豪族の娘で天皇側近に出仕したもの。容姿端麗なるものが当てられた。
3)恒常的現在。
4)都が遠いので。
5)吹きかえすこともなく。
2)古代豪族の娘で天皇側近に出仕したもの。容姿端麗なるものが当てられた。
3)恒常的現在。
4)都が遠いので。
5)吹きかえすこともなく。
〔資料協力〕講談社文庫 万葉集ー全訳注原文付
中西 進
中西 進