【土・日曜日に書く】上海支局長・河崎真澄
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110814/chn11081402510001-n1.htm
目の前で実際、何が行われているのか、にわかには理解できなかった。高速鉄道列車の追突事故から一夜が明けた7月24日、中国浙江省温州市の現場でのこと。
大破した車両が高架上や落下した地面で無残な姿をさらし、追突の衝撃の激しさを物語ったが、前日夜の事故発生から、まだ半日しか経過していない車両を重機でガンガン解体し始めたからだ。
生存者の確認や遺体の収容、現場検証など、優先させねばならないことを当局が無視し、解体を急いだのはその後、列車運行の再開を急いでいたためだと知る。
その一方で、「車両の外からの捜査で車内に生命反応はなく捜索は終了した」として解体作業を強行したにもかかわらず、大けがをした2歳の女児が夕方に救出された。現場に到着した救急車を見て強い怒りがこみ上げてきた。
運行再開を急ぐため振り上げられた重機のアームが、まだ救えたはずの命を奪ってしまったのではないのか。鉄クズとなった車両とともに、被害の実態まで葬り去ろうとしているのではないのか。
四川省の老夫婦の嗚咽
その瞬間、脳裏に浮かんだのは四川省の山間部、北川チャン族自治県で2年前の5月に会った老夫婦のことだった。9万人近い死者と行方不明者を出した四川大地震の発生から1年を前に、震災で倒壊したままの小学校の校舎の入り口で2人は泣き崩れていた。
日本の救援隊も救助にあたった北川チャン族自治県。建物の損壊が激しい地域は立ち入りが厳しく制限されていたが、震災1年の追悼式典を前に、地元住民や報道陣に開放されたときのことだ。
マグニチュード8・0の激しい揺れが襲ったとき、小学校の教諭だった老夫婦の一人息子が、児童を助けようと必死に誘導を始めたが、ガラガラ倒壊してきた校舎の下敷きになったのだという。
「助かった子供たちに聞いたのよ。まだ、うちの息子はクラスの子たちと、ほら、あそこのがれきの下に埋まっているんだから」
倒壊した建物への立ち入りは危険だとして警官に阻まれ、小学校の敷地に入れずにいた母親はがれきの方向を指さし、息子の名を何度も叫んだ。震災時には救出もままならず、1年がたってもなお、遺体にすら対面できないことへの怒りと悲しみの嗚咽(おえつ)が続いた。
手抜き工事で校舎倒壊
信号システムの欠陥や運行管理が原因とされる「人災」だった高速鉄道事故と、「天災」の四川大地震を同列に扱うべきではないかもしれない。だが、こうした惨事がこの国で起きるたびに、まず当局側の都合が優先され、明らかに人命が軽んじられてきたのではないか、との疑念が消えない。
四川大地震の場合、老夫婦の息子や小学生らには捜索の手も及ばなかった。しかも、住宅や工場など近くの建物が被害を免れた地域でも、小学校など校舎ばかりが倒壊したことが問題になった。
校舎建設受注のために当局者に賄賂を渡した業者が、見た目は分かりにくい耐震強度で手抜き工事をしたことが原因とされる。
四川省政府はその後、「建設工事の質が原因で校舎が倒壊したケースは発見できなかった」とする調査結果を発表したが、それを信じた被災者は一人もいない。鉄筋もろくに入れられず、中が“オカラ”状態のコンクリートの柱がむきだしになっていたからだ。
古くから中国では魔よけの意味で使われてきた爆竹。その炸裂(さくれつ)音が震災から1年を迎えようとしていた北川チャン族自治県で、家族を失った住民の叫び声と重なるように谷間に鳴り響いていた。
2200億円の汚職も
中国で4年前に運行が始まったばかりの高速鉄道網。わずか数年で、総延長が東海道・山陽新幹線の10倍近い1万キロに達した。その急ピッチな建設ぶりに、追突事故の前月、中国鉄道省の元幹部が高速鉄道の安全性をめぐって、地元紙に暴露する場面もあった。
元幹部は、劉志軍前鉄道相が高速鉄道で世界一のスピードにこだわり、安全性を無視して350キロに最高時速を設定したこと(前鉄道相の更迭後に300キロに引き下げ)や、専用軌道路線の安全設計と土木工事が不十分で、地盤沈下による走行支障が起こりうることなど問題点を指摘していた。
事故後には汚職に揺れる鉄道省の巨大利権にメスが入った。鉄道省の張曙光前運輸局長の場合、米国とスイスに28億ドル(約2200億円)を蓄財した疑いがもたれている。「高速鉄道の第一人者」と呼ばれた張前運輸局長の懐に流れたカネは、本来はどこに使われるべきものだったのだろうか。
人災と天災の違いはあれど、公共工事と汚職、手抜き工事に隠蔽(いんぺい)疑惑という「この国の人命軽視の構図」が透けてみえてこないだろうか。
(かわさき ますみ)