【解答乱麻】日本漢字能力検定協会理事長・高坂節三
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110730/edc11073007430001-n1.htm
■ふるさとを思う祈り
「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」。石川啄木のこの歌は今も多くの人に受け継がれ、歌い継がれている。
半世紀以上も前「集団就職」で岩手県から東京へ出て料理屋を経営しているご主人が、東日本大震災の状況を心配してふるさとを訪れるシーンがテレビで放映された。ふるさとを見下ろせる展望台に立って、まず地元の岩木山に向かって手を合わすシーンが映された。「ふるさとを訪れると自然と岩木山に向かって手を合わさなければと思うようになります」。ご主人は安らぎを覚えた表情で話していた。
ふるさとの山に向かってただ手を合わすこと、「山川草木すべてに神が宿る」という自然信仰は日本人のDNAに深く根付いているように思われる。とくに「霊山」と呼ばれる有名な山々は山岳信仰の対象となって多くの人の登山対象になっている。そこには神社が造られ神様が祭られている。
自然を友とし、旅の人生をまっとうした松尾芭蕉が訪れた中尊寺の金色堂、極楽浄土を求めて造られた毛越寺の庭園、世界遺産に登録された東北のこの地は、大震災から立ち上がろうとする地元の人たちにとって大いなる慰めになると思われる。仏教が目指した浄土信仰もまた日本人の心のふるさととして、なくてはならないものではないだろうか。
私が今、生活の拠点としている歴史のみやこ、京都、「コンチキチン」のお囃子(はやし)で有名な祇園祭は今年もつつがなく執り行われた(実際は7月1日から30日まで続けられる)。
貞観11(869)年に創始された祇園御霊会は、同年の春に東北地方に地震による大災害があったことを知り、その事実を含めて当時全国の国の数にちなんだ66本の鉾(ほこ)を神泉苑に立て、平安京のみならず日本国の安穏をも神に祈ったのがその始まりであったという。東日本大震災のこの年、祇園祭を挙行した山鉾町の人々の願いは、いかばかりであったであろうか。
そして8月になるとおのおのの町内で、自宅でご先祖様をお迎えし、過ぎ去った日々の楽しかった思い出にひたり、ご先祖様をしのぶお盆がやってくる。
ご先祖様との語らい、来年の再会を祈りながらご先祖様をお送りする「大文字・京都五山の送り火」の行事は、この世とあの世を繋(つな)ぐ灯火(ともしび)のように思われる。
神道と仏教、日本の伝統行事はこの2つの宗教にかかわり、その双方をなんの違和感もなく受け入れられてきたように思われる。
東日本大震災、それに続く福島第1原子力発電所の大災害、これへの対応にみられる政治の迷走、人々は口々に新しい生き方を求めるべきであると主張している。しかし、戦後タブー視されてきた宗教教育の復活、自然に対する畏敬の念の教えなど、日本の伝統文化に根ざしたこころの教育が一番求められているのではないだろうか。
「祇園祭には、神に祈らざるにいられなかった、1200年間の人々の切なる思いが詰まっています。その本旨を見つめ直し、本来の姿で未来につなげたい」。祇園祭山鉾連合会理事長、吉田幸次郎さんの言葉は重い。
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【プロフィル】高坂節三
こうさか・せつぞう 経済同友会幹事、東京都教育委員など歴任。今春から漢検理事長。兄は政治学者の故高坂正堯(まさたか)氏。