軒先で街道を眺めていた宿屋の主が、慌てて屋内に戻ると二階へ駆け上がった。
「せ、先生。アレが姿を表しました」奥の部屋で横になっている剣豪に声をかけた。
「そうか」と答えて、男がむっくり起き上がった。西岡武十郎である。「で、敵は何人だ」
「それがどう見ても、ひとりなんです・・・」腑に落ちぬ様子の宿屋の主。「子分共も愛想を尽かしたのかも知れません」
菅親分が取り仕切り出して以来、この宿場町は寂れる一方だ。菅の人徳のなさ、無能さゆえか、かっては華やかに賑わった郭(くるわ)も賭場も閑古鳥が鳴いている。義理人情も踏みにじる男だ。子分から袖にされたとて不思議はない。
「海江田はおらぬのか?」問われた主は首を横に振った。大小を腰に挿しつつ西岡は云う。
「無理もないのう。はしごを外されて赤恥をかかされたと聞く。可哀想なことよ」
「仙谷は?」これにも主は首を横に振り、答えた。「聞くところ、立ちくらみがすると床に臥せっているようでございます」
「そうか」自業自得よ、と云い掛けて剣豪は黙った。
では参るか。云うが早いか西岡、たったっと階段を駆け下り、さっと表に出た。
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人影のない真昼の街道。遠くに野良犬の鳴き声が響く。太陽 を背にして立つ菅が黒い影になっている。
「おう、俺様を呼びたてたのはテメエかい」砂埃のかなたに剣豪の姿を見るや、菅が大声で叫んだ。
西岡は菅のところまで大股で進むと、大きな目で敵を睨みつけた。
「お主の悪政で民草が苦しんでおるのだ。この宿場町から出て行くがよかろう」穏やかな口調ながら、はっきりとした西岡の言葉が響く。「お主の手下共も、もはや誰もついてはきまい。不信任じゃ。さらに」と間を置いて続ける。「問責決議じゃ」
「ななな何をしゃらくせえ。爺に舐められて堪るか」不信任だ問責だと面罵され、菅は頭に血が上った。「やい、刀抜くニダ。サウラビタダカウチョンビレヨ、■○▲※◎プギャー!!」何を云ってるのかさっぱり判らない。
菅が刀を抜いて、切っ先を西岡に向ける。それを確かめると西岡もゆっくりと鞘を払った。じっと睨み合うふたり。
突如、菅は地面を蹴り上げた。砂で目を潰し、斬りつけようと云う姑息な手段である。しかしその瞬間、西岡の剣が閃いた。
あっ、声を上げる間もない。腰からすっぱり切り落とされた菅の上半身は、どうっと頭から地面に落ちた。鮮血がほとばしり、白い地面を見る見る赤く染めていく。
「ちちち畜生。ここ腰から切り落としやがって・・・」血まみれになりながら悶える菅。冷徹な眼差しで見つめる西岡。
「ううう、腕でしがみついたって、じょ、上半身だけじゃ・・・」虫の息で菅はつぶやく。「腰が掛けられねえ」
