選挙で負かさねば馬代えられぬ。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 







【正論】高崎経済大学教授・八木秀次

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110707/stt11070702480001-n1.htm





古代中国の伝説上の王、堯(ぎょう)は王宮の門前に太鼓を置き、自分の政治に誤りがある場合には民に叩(たた)いて知らせるようお触れを出したという。しかし、堯の政治は善政で、民の不満もなく、その諫(いさ)めの太鼓(諫鼓(かんこ))は叩かれることなく、やがてその上には鶏が乗って遊ぶようになった。「諫鼓鶏」はそこから善政の象徴となって、我(わ)が国でも江戸時代にはそれをかたどった品物が藩主に贈られたり、現在も各地の祭りの神輿(みこし)の飾りにしたりして親しまれている。

 ≪官邸に叩くべき「諫鼓」なし≫

 現在の我が国の首相官邸前には「諫鼓」は置かれていない。置かれれば鶏が遊ぶどころか、国民が長蛇の列をなして鳴らすことだろう。しかし、「諫鼓」はないが、菅直人首相への諫言は野党やマスコミだけでなく、与党・民主党の執行部からもなされている。が、首相の耳には届かない。耳に痛い話は聞かず、退任の条件とした「一定のめど」の内容を再生エネルギー促進法案の成立やら訪中やら次々に追加しながら政権の座に居座っている。「辞めろ」の声もどこ吹く風で、これでは民主党執行部が期待している8月末になっても辞めることはないだろう。

 あまり指摘されないが、菅首相が辞めない理由ははっきりしている。現在の自身の政権は民主的な正統性を欠いていると考えているからであり、正統性を得るためには自らの手で解散・総選挙を行い、国民から信任されることが必要だと考えているからだ。その意味では話題の「脱原発」を争点にした総選挙は十分にあり得る。

 菅首相は副総理時代の一昨年12月に出した著書、『大臣 増補版』(岩波新書)で、首相が交代する場合にはいわゆる「内閣退陣に追い込まれる」というケース、すなわち「野党なり、世論の力で政権が自滅するもので、政策的に行き詰まり、どうしようもなくなった場合、あるいはスキャンダルなどで総理自身が追及された場合」があるとし、次のように述べている。

 ≪自ら解散し正統性得たい菅氏≫

 「このようなケースは、まさに政治的理由で内閣が総辞職するわけで、本来の内閣の交代とはこのようなことを言うべきかもしれない。だが、問題は、次の内閣総理大臣が、失政をしたのと同じ政党から選ばれてきたということだ。本来ならば、与党の次の党首が決まった時点で衆議院を解散し、総選挙で国民に誰を総理にするかを問うべきなのだが、野党の力不足もあり、そうはならなかった」

 「政策的に行き詰まったり、スキャンダルによって総理が内閣総辞職を決めた場合は、与党内で政権のたらいまわしをするのではなく、与党は次の総理候補を決めたうえで衆議院を解散し、野党も総理候補を明確にしたうえで総選挙に挑むべきだろう」

 念を押すが、この著書が出たのは一昨年12月のことだ。その後の昨年6月、鳩山由紀夫前首相が在日米軍普天間飛行場の移設問題でまさに「政策的に行き詰まり」、併せて自身の政治資金問題の「スキャンダル」によって退陣に追い込まれたことから、民主党内の代表選挙が行われ、菅氏が首相に就任した。しかし、菅氏が鳩山氏から首相の座を継承したのは、まさに自ら批判していた「与党内での政権のたらいまわし」そのものであり、本来であれば、政権に就く前に衆議院を解散して総選挙を行い、改めて国民の信を問うべきであった。が、それをしなかった。それゆえ菅氏の政権は国民の信任を得ておらず、権力としての民主的な正統性を欠いているものなのだ。

 以上は首相の著書からの論理的帰結で、いくら厚顔無恥といわれる首相も、この点については後ろめたさを感じているはずだ。

 ≪30年がかりの脱原発で対抗を≫

 今まさに菅首相は鳩山氏と同様に、大震災の復興への対応や福島原発の処理の不手際などの「政策的な行き詰まり」と、在日韓国人からの違法献金問題などの「スキャンダル」によって政権の座から降ろされようとしている。が、首相はなかなか辞める時期を明言しない。それは著書に書いたように後継者を決めて解散・総選挙するのではなく、自らの政権の信を国民に問うために衆議院を解散し、総選挙を行う機会をうかがっているからではないか。そして、総選挙に勝利し、改めて国民の信任を得て本格的に政権の座に就こうと考えているからではないか。『大臣』の記述からはそうとしか理解できない。

 総選挙の争点は噂通り、「脱原発」の是非だろう。自民党は受けて立つべきだが、その際には争点を無化すべく「脱原発」を掲げ、同時に、それはあくまで30年計画で行うべきもので、首相の「脱原発」は非現実的かつ我が国の経済、ひいては国力を衰退させるものだと国民に丁寧に説明すべきだ。マスコミも短絡的な争点化は慎んでほしい。総選挙で負けさせて、民主党を政権の座から降ろすこと、これが首相に対する何よりの「諫鼓」であることはいうまでもない。


                                       (やぎ ひでつぐ)