決断、責任、進退は宿命。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 







【古典個展】立命館大教授・加地伸行




函館に泊まった(翌日は札幌)。私は飛行機に乗らない主義なので、大阪からJRで約13時間。疲れた。

 しかし、地上を行くと空中からでは見えないものが見える。東北被災3県を通り抜けるとき、屋根をブルーシートで覆っている家屋が点在していた。内陸部にも相当な被害があったことが分かる。

 翌朝、五稜郭(ごりょうかく)を訪れた。明治元(1868)年、旧幕臣たちがそこを拠点として明治政府軍と戦った。その箱館(はこだて)戦争で土方歳三(ひじかた・としぞう)は死に、幕臣軍は敗れた。

 その悲劇のイメージが私にあり、五稜郭は、〈荒城の月〉のような、〈兵(つわもの)どもが夢の跡〉のような、ぜひその地に立ってみたい城、と思っていたが行ってみて驚いた。あまりにもきれいに整備された公園となってしまっていたからである。

 すこしぐらいは古城の哀(かな)しみの風情があってもよかろうにと思ったが、観光経営第一で残念だった。

 城内に箱館奉行所の中心部が復元されていたが、幕臣軍のリーダーであった榎本武揚(えのもと・たけあき)の詩幅(しふく)が掛けられていた。敗軍の将として虜囚(りょしゅう)となり東京に送られた道中の作品である。おそらく罪を許された後年に書いたものだろう。

 その第三句には榎本の万感の想(おも)いが籠(こも)っている。「山河百戦恍(さんがひゃくせんこう)として夢(ゆめ)の如(ごと)し」と。

 敗れはしたが、自分にとっての正義を貫いたそれまでのさまざまな戦いを、静かに想い起こしている。もちろん、死刑を覚悟である。何という堂々たる敗軍の将であることか。

 それに比べて、今や四面楚歌(しめんそか)の菅直人首相の往生際の悪いこと。覚悟などどこにも見えない。榎本とは比べものにならない小人物であるが。 リーダーが部下と異なる最大点は、〈決断〉である。もちろん、決断には必ず〈責任〉が伴う。その責任を負うた結果は、〈進退〉だ。

 決断、責任、進退-これが、リーダーの宿命である。

 しかし、3・11以後、菅首相はいったい何を決断したと言うのであろうか。復興構想会議とやらの提言を待ってからと言うのか。

 25日に出された右会議の提言内容は平凡で抽象的な計画に終わったようである。それはそうであろう。あの会議のメンバーの大半は凡庸な者であるから。

 首相は、今決断すべき問題が何か分かっているのであろうか。

 それは、もちろん福島第1原発問題である。政府・東京電力は廃炉の方針のようであるが、それなら廃炉と並行して原発による被害の収拾について、それをどのようにするのかという明確な諸方針の決断が必要ではないのか。

 例えば、廃炉の周囲を堅牢(けんろう)な擁壁で囲み内壁として、さらに福島原発から例えば20キロメートルの円周に外壁を作る。この内壁と外壁との間の土地を瓦礫(がれき)の捨て場所とする。人は住めない。住んでいた人には、国が移住の生活等の責任を負う。といった決断がないという過ちを犯している。

 札幌からの帰路に思った。青函(海底)トンネル最深部は、海面下280メートル。日本は非常に高い技術力を持っている。われわれはそれらを再生に生かせるかどうかだ。『論語』衛霊公(えいのれいこう)篇に曰(いわ)く「過(あやま)ちて改(あらた)めず。是(これ)を過ちと謂(い)う」と。


                                      (かじ のぶゆき)