「yohkan様のブログ・愛国画報 From LA」 より。
屋敷の主が悠然と姿を現すと、大広間に緊張が走った。百名近くの武士達が一斉に額を畳にこすりつける。
上座に着席した主は、訥々とした口調で皆に声をかける。
「苦しゅうない。面を上げよ。」
城の普請に関わる賄賂を受けたとして、今は蟄居の身ながら、かっては老中として権勢を誇ったこの主。自らを父と慕う若い武士達に囲まれた姿には、堂々たる風格が漂う。主は顔ぶれを確かめるように一同をぐるりと見渡し、そして語り出した。
「此度の天災で、上様は・・・」
ここで言葉を切る。太閤を上様と呼ぶとき、常に少なからぬ抵抗を感じる。あの下賎な男を敬称で呼ばねばならぬとは。
「・・・ご乱心じゃ。」
太閤の生まれは卑しく、どこの馬の骨ともわからぬ下層階級の出身である。農民の分際ながら、地元の豪族に足軽としてかり出されたのが出世のはじまり。戦乱の世にて狡賢く立ち回り、天下を取った迄はよいが、支離滅裂な治世で、人心は荒廃し経済は疲弊している。そこに大地震と津波が襲って来て、混乱に輪をかけた。
「・・・これだけ多くの命が失われたが、上様は平然としたまま、復興に思いを馳せることもない。家屋や田畠を失った民百姓に救いの手を伸べぬどころか、疫病の恐れありとの占いを信じて、むざむざと家畜まで殺す有様じゃ。お気が触れたのであろう・・・」
主は言葉を続けた。
「・・・人災をまき散らしながらも、ひたすら天下人の地位に執着するばかり。さぞや、帝(みかど)も御心を痛めておられよう。」
若い武士達は一様に、はっと息を飲む。主は、決して謀反を起せとは云ったわけではない。しかし明らかに太閤を倒せと示唆しているではないか。
ひとりの武士がするすると前に進み出た。目が血走っている。
「恐れながら申し上げます。乱世から民の命を救うため、上様には御身をお引き頂くしかございません!」
後方に座る武士が大きな声を上げた。
「お、恐れながら。われわれが侍の魂を見せ、国を救うしかございませぬ!」
「そうだ、そのとおり!」賛同の声が次々と上がる。
主は再び、一同をぐるりと見渡す。
「そこまで、皆が申すとはの」
そして、ゆっくりと低い声で、つぶやいた。
「菅直人之守を斬れ・・・か。」
傍らの小姓から名刀村正を受け取ると、さっと鞘を払った。抜き身の刃がぎらりと光る。無能なる太閤倒すべし、一同が謀反を決意した瞬間であった。