【父の教え】宇宙工学者・川口淳一郎さん
昨年6月、絶体絶命ともいうべき困難を乗り越えて地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネジャーを務めた川口淳一郎さん(55)。数学の教師だった父、菊夫さんから理科系の思考をはぐくんだ。中でも少年の頃の「ものづくり体験」が原点といえるだろう。「自分の足元だけを見てはいけない」。父の人生哲学が宇宙への扉を開いた。
父との望遠鏡の思い出は今も忘れない。小学6年の頃、材料を買い集めて組み立てた望遠鏡である。倍率100倍の簡素な作りだったが、天体観測の醍醐味(だいごみ)を初めて知った。
「望遠鏡」と題した当時の作文。「自作のものは、自作のものなりによいところがある。そういうねうちは、何ものにもかえられない」。高ぶる感動が行間から伝わってくる。
「父親は飽きっぽい自分を承知していたのか、『三日坊主になるな』『努力を怠るな』とたしなめた。ただ、息子のすることに細かく口を出すことはせず、ラジオを作ったときも、質問したときだけ『こうするといい』と忠告してくれた。自分で考えるトレーニングを積ませたかったのでしょう」。趣味人だった父は、息子が専門バカになることを嫌い、好奇心の幅を広げようとした。
「教科書に書いてあることをどんなに学んでも、過去の知識に過ぎない。われわれの世界に他人の模倣とか、『学びのプロ』はいらない。求められるのはインスピレーションと発想力。他人と同じである必要はなく、天の邪鬼(じゃく)でいい」
「はやぶさ」のミッション終了後、宇宙をテーマにした市民講座を開くことがある。しかし、会場に集まるのは主に60~70代。将来を嘱望された若者の姿はほとんどない。たまに高校生を対象にした講演会に出ても、質問を受けることも少ないと嘆く。
「知識のインプットのスタートは家庭から始まる。子供はおよそ親の影響を受け、親が関心を持っている対象に向かうもの。ところが、今は親が子供に対して自分の背中を見せなくなっているのか、見せられなくなっているのか…」と、脆弱(ぜいじゃく)な家庭環境を憂える。
近著『「はやぶさ」式思考法』(飛鳥新社、1365円)で、横並びの日本社会を痛烈に批判する。〈独自の発想で、何かやりたいことに向かって進む。常識的な方法論やステップには見向きもしない。大きなイノベーションは、そういう形で誕生する〉。個性や独自の発想を受容し、「挑戦する心を持とう」と訴える。
信条は「高い塔を建ててみなければ、新たな水平線は見えてこない」。その裏には父の教えが投影されている。「ディスカッションや意見の衝突は親子間で、もっと歓迎されていい。そうした訓練の場がインスピレーションを育てる」
「はやぶさ」の帰還は日本の科学技術の結晶である。あくまで「世界初、世界一」にこだわり、道筋をつけるのが日本の使命と考える。(日出間和貴)
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≪メッセージ≫
「はやぶさ」のことをずっと案じていただけに、生きているうちに報告したかった。あなたの影響力が実を結んだと信じています。
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【プロフィル】川口菊夫
かわぐち・きくお 大正13年、青森県生まれ。旧制二高(現東北大)で学び、地元の高校で数学を教えた。囲碁や絵画、俳句・短歌の趣味を持ち、息子に科学に対する興味を持たせた。平成19年、「はやぶさ」帰還前に83歳で死去。
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【プロフィル】川口淳一郎
かわぐち・じゅんいちろう 昭和30年、青森県生まれ。京大工学部卒業後、東大大学院博士課程修了。宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授。火星探査機「のぞみ」のミッション、「はやぶさ」ではプロジェクトマネジャーを務める。