【40×40】笹幸恵
去る3月19日、私は呉から江田島行きのフェリーに乗った。海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式に参加するためである。東日本大震災から1週間余り。被災地の人々は避難所で苦しい生活を余儀なくされている。東京でも余震が頻繁に起こる。こんなとき西日本に向かうなど、まるで現実から逃げているようでいささか後ろめたい。しかし学生たちにとっては記念すべき一日である。それに昨年、やはり江田島行きを予定しながら仕事の都合でキャンセルした私は、今年こそはと思いきって出掛けることにした。
海軍兵学校時代からの伝統を受け継ぐ幹部候補生学校。じつは今春の卒業生をもって、兵学校時代の卒業生の数を上回るという。歴史と伝統の上に、戦後もまた確かな歩みがあることを感じさせてくれる。卒業式は、幕僚長が欠席、また午餐(ごさん)会での万歳三唱や卒業生見送りの際の祝賀飛行は中止となった。しかし背筋を伸ばして表桟橋から巣立っていく学生たちの姿はすがすがしかった。
午餐会で、学生代表があいさつした言葉が印象に残っている。この非常事態の中で、私たちの先輩が必死に任務を遂行している。それに引き換え、私たちは何もできないでいる。歯がゆい思いはあるが、いま私たちにできるのは、先輩たちに負けないような、しっかりとした幹部になるために訓練を続けること-。そうして彼は、航海実習に臨むにあたっての抱負を述べた。
誰もが見ているのだ、と思った。被災地で、わが身を顧みず救援活動にあたっている自衛隊員たちの姿を。市井の人も、江田島を巣立っていく後輩たちも。不眠不休で任務に就く彼らに、私は祈りにも似た思いを抱く。そして多くの人が、彼らの姿に励まされている。
未曽有の国難である。卒業生たちは、先輩自衛官の「背中」をしかと見たはずだ。今年の秋、彼らは遠洋練習航海を終え、大きく成長して晴海埠頭(ふとう)に戻ってくれるに違いない。(ジャーナリスト)