温首相が罵倒された日 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 






【石平のChina Watch】



14日に閉幕した中国人民政治協商会議で、委員である招商銀行の馬蔚華行長が「中国の住宅価格が上昇したのは国民が金持ちとなったからだ」と発言したのに対し、全国で批判の嵐が巻き起こったことが話題となっている。

 たとえばネットの掲示板では、「金持ちの腐敗高官はわれわれ貧乏人をからかっているのか」「これは人間の言うことではない」「この国の高官は良識がないのは分かるが、頭も悪いのか」などと、住宅価格の暴騰に苦しむ庶民たちは憤懣(ふんまん)を込めて容赦のない罵声を浴びせてきた。

 今の中国で、辛辣(しんらつ)な言葉で高官を罵倒するのは一種の流行となっている観だが、実はトップの温家宝首相でさえ、時々、その恰好(かっこう)の「餌食」となっている。

さる2月27日、新華網という政府系サイトで一般のネットユーザーとの対話を行った温首相は不動産価格の暴騰に言及して「それを断固として抑制する」との決意を表明した。が、返ってきたユーザーたちの反応には実に驚愕(きょうがく)すべきものがあった。

 「彼(温首相)は言うことは言うが、何も実行しない」「昼間なのに、この人は寝言でも言っているのか」「温首相は今まで何回も不動産価格の抑制を口にした。しかし、彼が“抑制”と言った後に、価格はかえって暴騰するのだ。われわれは誰を信じてよいのか」

 「この人はばかなのか天真爛漫(らんまん)なのか。それとも、われわれのことをただの愚民だと思っているのか」「不動産価格の抑制なんか冗談じゃない。政府が土地を売って潤っていることは誰でも知っているのだ。彼らこそが不動産暴騰の元凶ではないのか」

 以上は、ネット上の掲示板に書き込まれた「温家宝批判」の一部だが、中国国内のサイトで、この国の総理大臣を罵倒したり嘲笑したりするような「暴言」が堂々放たれたとはまさに驚くべき事態だ。

 招商銀行長のレベルの幹部ならいざ知らず、絶大の権威と権力の象徴である共産党政権の総理大臣までもが、ついに民衆から罵声を浴びせられたり恣意(しい)に嘲(あざけ)られたりする対象に成り下がった。タブーの一つがまた、破られたのである。

 しかも、温首相本人あるいは共産党政権はこれらのコメントに対して別にどうしたというわけでもない。彼らはむしろ、このようなあからさまな「不敬」を甘受している様子である。その理由は何かといえば、温首相が前述のネット対話を実行した同じ日の2月27日、中国のネット上で各地の反政府デモ実施が呼びかけられたことを想起すれば思い当たるのである。

とにかく、国民の不満が高まってきていつ爆発するかが分からないような状況下で、政権としては力ずくで反政府運動を押さえ込む一方、できるだけ平身低頭して民衆の声に耳を傾けるような姿勢を示しておく必要もある。また、そうすることによってガス抜きしようとする思惑もあろう。

 一方の民衆側も政権の心理を見抜いてその「弱み」につけ込んでますます大胆になってきている。このままでは、民衆はタブーの一つ一つを破っていって、総理大臣を嘲笑(あざわら)うことから共産党政権そのものの権威を嘲弄するまでに「増長」していくのが目に見えるようだ。そしてそれは、「権威」と、それに対する民衆の「畏怖」を土台にして成り立つ独裁体制の「溶解」を意味するものである。

 今の中国で、急激な「ジャスミン革命」が政権の力によって封じ込められている一方、目立たないところでの地殻変動も確実に起きているのである。



【プロフィル】石平

 せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。