【新春正論対談】(上)櫻井よしこ氏×渡辺利夫氏
平成23年は前向きな展望が見いだせる年になるのか。日本再生に向けた精力的な言論活動が評価されて第26回正論大賞の受賞が決まったジャーナリストの櫻井よしこ氏と、アジアの経済と歴史の第一人者である拓殖大学学長の渡辺利夫氏が縦横に語り合った。日本外交はなぜ敗北を喫してしまうのか。その根本的な問題の背後にある精神の課題と、この先の展開を読むポイントが存分に示された熱い対談を再現した。
(司会・構成 正論調査室次長 羽成哲郎)
--平成22年は民主党政権のもとで周辺国の攻勢を受け日本外交は次々と敗北する惨状を呈しました。どのように振り返りますか
櫻井 日本の国の形そのものが崩れてしまいそうだという危機感を持っています。
--何が根本的問題でしょうか
櫻井 普通の国家が備えている要件、外交力と軍事力を、戦後の日本が失ってしまったことに尽きると思います。端的にいえば憲法9条では国を守ることができないということで、いままさに憲法改正をすみやかに実行しなければならないと考えます。
もう一つの問題は教育です。日本の歴史をまともに教えられていませんから、尖閣諸島も北方領土の歴史も知らない人が多い。日本が邪悪な戦争をしたという戦後教育しか受けていません。道徳倫理教育、歴史教育の見直しが是非必要です。3番目は皇室の問題です。皇位継承を安定化させて、日本の文化や価値観の継承主体としての皇室をもり立てていく方法を考え、実現したいものです。この3つが平成23年以降の大きな課題と考えています。
渡辺 国益が毎日、毎時侵されているという気分です。国内問題は所得の再分配ですから、どの政策がいいのかどうかの決定的な基準はありません。ところが外交・安全保障は、判断に誤りがあれば国民の生命と財産は失われます。国家主権に対する国民の認識を高めなかったら、いったいどうなるのでしょうか。現在は外交・安全保障政策をきっかけに国論を変える千載一遇のチャンスなのではないか。今年がそういう年になってくれればいいと思います。
幻想を捨てよ
--個別のテーマをおうかがいします。中国に対して戦略的にどのように対応すればよいと考えますか
櫻井 少なくとも100年間、中国は一番の脅威だと認識することが、対応の第一歩です。中国問題はアジア、アメリカにとっても同様です。世界各国が100年間、中国とさまざまな交流をしながらも、国益をしっかり守っていく戦略をどのように構築するかが繁栄か衰退かの分かれ道になります。特に日本は地政学的にも、文化的にも、他の国々よりも影響を受けやすい位置にあります。事実、日本は戦後ずっと中国幻想を抱き続けてきました。中曽根康弘元首相のように素養のあるあの世代の方々であればあるほど、「論語」、孔子のような文化、文明が中国の実像だと思っています。
渡辺 そうですね。
櫻井 実は違います。国家基本問題研究所の中期プロジェクトとして中国研究のリポートをまとめ、文芸春秋から「中国はなぜ『軍拡』『膨張』『恫喝』をやめないのか」という本を出しました。この研究で非常に興味深いことがわかりました。
一つは中国の主張は現実と切り離され、彼らがこうあるべきだと思う欲望の図にすぎないということです。清朝末期に新しい華夷(かい)秩序=文末に用語解説=を突然つくってチベットや東トルキスタン、今のウイグルを中国の領土の一部だと言って、武力で押し通しました。南シナ海も東シナ海もそうです。中国が唱える文言が、現実や真実とは無縁の単なる主張にすぎないということに日本は目覚めて、中国の正体を見て対応しなければなりません。
渡辺 まったく同感です。外から見ると大きなマーケット、大きな生産力、軍事力も格段に強化されています。超大国に向かって突っ走っているように見えます。だが、内からみると、これほど巨大な社会的矛盾を抱えた国も珍しい。本質は農村の貧困です。格差、資源エネルギー不足、環境破壊、少子高齢化、頭を抱えてしまうようなテーマが無数にあります。中国国内で公務執行妨害を伴う暴力事件が全国全土でどのくらい起こったかといえば、政府公表の統計でも年間10万件以上です。
櫻井 1日300件以上ということになります。すさまじいことです。
渡辺 もう一つ大きな問題は、内モンゴル、新疆ウイグル(東トルキスタン)、チベットはまったく異人種、異文化、異言語の地域です。深刻な格差と広大な領土、多種多様な異民族を抱えています。中国社会の安定化は気の遠くなるような難しいテーマです。大清帝国時代は華夷秩序の下で、領土とそこに住む住民の統治は任せるから、朝貢だけやってくれればいいという緩やかな関係でした。
櫻井 名目的な支配ですね。
渡辺 だからこそあれほどの大帝国が築けたわけです。悲劇的なことに、中華人民共和国はそこに国家概念を導入して、異民族の支配を厳しくやらざるを得なくなってしまいました。複雑な国をまとめ上げていくのにどうしても強固なナショナリズムが不可欠です。反日は永遠なるものです。
日本の指導者は何か起こると「冷静に、冷静に」と収めてしまう。ナショナリズムは完全にもう古い時代のものであるかのように思われています。その日本と、これから反日ナショナリズムをますますたぎらせていく国とが向かい合ったら、まず滅々たる結果とならざるを得ないと思います。
帝国主義阻止の義務
櫻井 19世紀に世界各国は帝国主義の時代の流れの中にありました。その後、国際連合をつくって、新しい価値観で人類普遍の平等、自由、民主主義という理念を掲げてきました。ところが中国のみが1世紀以上も遅れて中華帝国主義の覇権の確立にひた走り、なお驀進(ばくしん)しようとしているわけです。19世紀型の重商主義、植民地主義をこの21世紀の世界に持ち込ませてはならないのは当然です。軍事力を中心軸として中国を思いとどまらせることができるような体制をつくらなければいけないと考えているのが他の諸国です。日本だけが違います。
--中国の拡張主義は厳然と封じ込めていくべきであるということですか
櫻井 今の中華的植民地主義は、かつてのナチス・ドイツと非常によく似ています。まず政治は一党支配です。経済は国家独占資本主義のかたちです。日本にはナチス・ドイツと手を結んでしまったという歴史的な失敗があります。過去にそのような失敗をした国であればこそ、なおさら、日本はその失敗から学んで中国の理不尽な拡張をやめさせる責任があります。
渡辺 ナショナリズムは帝国主義には不可欠の要素です。それを周辺諸国に拡大しようとしているのが中国です。ポストモダニズムとは国家とか共同体に価値を見いださない考え方です。国家の観念は非常に希薄になっていきます。国境という概念も曖昧になり、むしろ無効化したほうがいいという思想となっています。民主党政権になってからは、そういう思想の持ち主が政権の中枢部に座っています。ここが非常に危うい。国家と言いたくないから「市民社会」、国民と言いたくないから「市民」と言う。
日本はポストモダニズムで、周辺の国々はまさにモダニズムそのもの。モダニズムの海の中にポストモダニズムの日本がちょこんと乗っかって涼しい顔で舟をこいでいる。こういう非常に奇妙な構図です。今の極東アジアの地政学的構図とは、開国・明治維新から日清・日露あたりの緊迫の極東情勢とよく似ています。しかもあの時代は飛行機もなく、艦船の時代です。今はもう飛行機を通り越して核ミサイルの時代になっているわけです。現在のほうがもっと危険です。
櫻井 渡辺さんのおっしゃるポストモダニズムがどこから来るかといえば憲法からでしょう。憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあります。世界は全部善なる国々で構成されていて、私たち日本が善い行いさえすれば問題はないのだと。
渡辺 戦後体制そのものですね。悪いのは日本だと。
櫻井 今の民主党政権の一つの際立った特徴は、現行憲法の日本否定の価値観に染まるあまり、おそらく日本を愛していないことだということです。
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新しい華夷秩序 渡辺氏の著作「君、國を捨つるなかれ」では「華夷秩序」は文明の中心であり、儒学、漢字、漢人をベースとした「華」と、それに劣って外にある「夷」で構成される国際秩序であり、服属する周辺諸国が中華帝国に朝貢するような価値の関係-と説明されている。しかし、服属あるいは同盟国であった周辺国が列強のアジア進出によって侵食されていく19世紀になって、清朝はチベットなどを武力で直接支配するよう乗り出した。櫻井氏らによる「中国はなぜ『軍拡』『膨張』『恫喝』をやめないのか」では「新しい華夷秩序」としてこの経緯と意味が詳述されており、現在の中国の外交政策に通じるものだとしている。