皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

今上陛下は、ご即位に際し、

「憲法」に基づいて、職務を遂行するとおっしゃられた。

この陛下のお言葉に対して、安倍総理は、

陛下が「日本国憲法」に基づいて職務を遂行されると仰せになった旨答礼で述べた。


TVでこの場面を観た、畏友の南木隆治氏は、

TVを観ていなかった私に、この安倍さんの答弁は、

けしからん、と教えてくれた。


その通り、陛下が言われた「憲法」と

安倍さんが言った「日本国憲法」は、天地、違う!

陛下の言われた「憲法」とは、

「天照大御神の天壌無窮の神勅」を中核とする我が國の本質的な国家の存立の基盤及びその基盤の上に定立された国家の基本的統治組織、基本的活動原理そして国民の基本的な権利と義務を定めた法、つまり根本規範(実質的な意味の憲法)のことである。

これに対し、安倍さんの言った「日本国憲法」とは、

我が國が、大東亜戦争に敗北して連合国軍の軍事占領統治下にあって国家主権が剥奪されていたときに、

占領軍総司令部(GHQ)の十数名のアメリカ人の民政局職員が、昭和二十一年二月の十数日間で書いた

「日本国憲法と題する文書」のことである。

そして、この文書は、

書かれたときと同様に国家主権が剥奪されていた昭和二十一年十一月三日に、「日本国憲法」として公布され、同二十二年五月三日に施行されたもので、我が日本の「憲法」ではない。


従って、現在我が国には「実質的な意味の憲法」即ち「不文の憲法」は存在するが、

それを成文化した「憲法典」は存在しないのである。

よって、我が國は、昭和二十年八月十五日に大東亜戦争の降伏文書に調印してから現在に至るまで八十年間、

イギリスやニュージーランドそしてイスラエルと同じ

「不文の憲法の國」である。


このことを前提においた上で、

現在の地球上に於ける文明諸国家のなかで、

我が國の際だった特色を自覚しなければならない。


それは、我が國は、世界の文明諸国のなかで、唯一、

「神話と歴史の連続性を維持している國」であるということだ。

即ち、我が国の天皇は、

天照大御神の直系の子孫であり、

このことが、我が国が、神話と歴史の連続性を、

に至るまで維持している証左でなくてなんであろうか。

このこと、

フランスの社会人類学者であるクロード・レブィ=ストロース(一九〇八~二〇〇九年)が「日本論 月の裏側」で次のように云っている。

「・・・かくかくの影響を外部から受けるまえから、

あなた方は一個の文明を持っておられた。

すなわち縄文文明を。

それを他の何に比較しようとしても出来るものではない。ここから私はこう云いたい。

日本的特殊性なるものがあり、

それは根源からしてあったのだ。

そして、それが、外部からの諸要素を精錬して、

つねに独創的な何物かを創りあげてきたのだ、と。

・・・われわれ西洋人にとっては、神話と歴史の間に、

ぽっかりと深淵が開いている。

日本の最大の魅力の一つは、これとは反対に、

そこでは誰もが歴史とも神話とも密接な絆を結んでいられるという点にあるのだ。」


では何故、西洋人は、神話と歴史の間にぽっかりと深淵が開いているのか。それは、古代のギリシャやローマそしてゲルマンやケルトの多神教世界が、滅ぼされたからだ。

その滅んだ起点は、東ローマ帝国と西ローマ帝国の両方を完全に支配下においていたローマ帝国の皇帝テオドシウスの時に、

キリスト教をローマ帝国の国教にしたからである。

紀元三八八年、皇帝テオドシウスは、

ローマの元老院にキリスト教を良しとするか否かを問う。

ローマの元老院は圧倒的多数で、

一神教のキリスト教を良しとした。

そして、多神教世界のローマ帝国の最高神と崇められていたユピテルが追放された。

同時に多神教世界を伝えるローマ帝国圏内の図書館が破壊され封鎖された。

そして、紀元三九三年、

神々の祭典であるオリンピア競技会が全廃された。

歴史家は、この時を以て

多神教世界の「ギリシャ・ローマ文明」の終焉としている。

そのうえで、キリスト教宣教師達は、

東西両ローマ帝国内に住む人々、

すなわち、現在のヨーロッパ諸民族に対する布教を開始した。

そのやり方は、

彼らが古来から崇めているものを破壊することだ。

例えば、彼らが神聖視する巨木を切り倒し、巨岩を汚し、巫女を「魔女」として火あぶりにした。

このようにして、

全ローマ帝国内に住む諸民族はキリスト教徒になった。


そして、近世にはいり、このヨーロッパが、

世界の異教徒を支配して「キリスト教圏」という文明世界にすることが「神の意志で」あるという名目のもとに、

アジアとアフリカから富を収奪する国家事業としての布教活動、即ち、植民地化を開始する。

しかし、十六世紀に入って、

彼らと接触するや、直ちに彼らの本質を見抜いたのが、

遙か極東に位置する日本の豊臣秀吉の慧眼であったことを

知らねばならない。


天正十五年(一五八七年)、九州平定を終えた豊臣秀吉は、

しばらく筑前の箱崎に滞在する。

その間、切支丹大名の領地を視察した秀吉は、

領地内の神社仏閣が破壊されキリスト教のセミナリオが建てられているのを観る。

また、領地内の「五十人の少女」が、

「一樽の火薬」と交換されて、奴隷として

宣教師に同行してきた奴隷商人に引き渡されているのを知る。


そこで秀吉は、直ちに

「切支丹伴天連追放令」を発出した。

その追放令の冒頭は、次の通り。

「日本は神国であるところ、切支丹国より邪法が流布されること、まことに以てけしからん!」

ここで注目すべきは、

秀吉は、「日本は神国」であると、

明確に自覚していたということだ。


この自覚の有無が、

我が国と、民族の自覚なく、むざむざとキリスト教化されたケルトやゲルマンの諸民族の違いである。

自らの本質を自覚すること、

これが、一国の存続、一民族の存続にとって、

決定的に死活的に重要なのだ。


よって、本稿冒頭に挙げた安倍晋三君の「日本」の自覚なき、

天皇陛下に対する応答を痛烈に批判せざるを得ないのだ。

仮に、あのとき、天皇陛下の前で、

安倍晋三君が、我が日本の天照大御神の神勅に基づく根本規範を自覚して応答していたならば、

その後、奈良において、彼に対して発射された銃弾は、

彼の急所を外れたであろう

とまで、思うのである。

痛恨の極みである。


西村眞悟時事通信FBより

日本日本日本


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