長かったような、早かったような。
そんな数ヶ月でした。
やっと書くことができます。
この数ヶ月、この言葉を何度も言われました。
「早期発見でよかった。」
この言葉が心に沁みるまでは少しばかり時間はかかりましたが、今振り返ると「早期発見」と言う言葉をもらえる事はとても幸せな事だと感じています。
目の前に道は続いているよ。未来があるよ。ってことかなと。
私の闘病記録。
誰かの参考になればと思って書くことにしました。
始まりは去年の11月。
定期検診として、大腸カメラを受けることに。
まずは病院探しから。
もしポリープがあったら、その場で取ってくれる病院を選びました。
事前に診察に行って、大腸カメラは12月に決まりました。
数日前から食事制限。
前日夜に錠剤を飲み、朝から下剤のお薬を2リットル飲むのを開始。プラスお水も飲むのだ。
これが何よりキツイ。
胃がパンパンに膨らむ。
何度もトイレに行く洗礼を受け、胃も腸も空っぽ状態に。
げっそり。
病院は自転車で15分ほど。
トイレが不安だったけど何とかたどり着く。
病院に着けばトイレもあるし安心。
着替えてストレッチャーの上で寝て準備。
旦那はアメリカ出張中。
このしんどさを共有できないのが辛いし、くそ!って思った。
私が大腸カメラ受けることすら忘れてたし。(えーえー。忙しかったのでしょう。)
そんな憎まれ口を叩いていた私。
検査後、ウトウトと眠っていたら吐き気に襲われる。
ナースコールで助けを呼び、吐いてもいいようにと洗面器とティッシュを渡される。
吐き気がおさまると、
またウトウト。
どれくらい寝ていたのでしょう?
まだボーッとしてる状況で起こされて着替えが終わると診察室で先生から説明を受ける。
「ポリープを4つ取りました。
そのうちの2つ念のため病理に出します。」
クリスマス後に結果を聞きに来ることに。
ところが予定日の数日前に病院から電話が来て、検査に時間がかかっているので1月中旬に予約を変更してと言われる。
年末年始だから忙しいのね。って安易に考えていた私。
(この時点で娘はヤバいんじゃないの?って感じていたそうです。)
クリスマスと年末年始、暴飲暴食の日々を過ごす。
そして、1月中旬に検査結果を聞きに行く。
引越し後だったので、病院の後に娘の家に遊びに行く予定にしてた。
一緒にランチ食べよ〜ってお気楽だった。
当然、結果は良性って言われて終わると信じ切ってたから。
ところが、名前を呼ばれて診察室に入ると先生から想像もしていなかった事を言われる。
「結論から先に言うと良くない結果が出ました。こっちのポリープがね、直腸カルチノイドっていう聞きなれないと思うけどね。簡単に言うとがんもどき。」
「がんもどき?」
「癌じゃないんだけど、癌みたいにリンパに転移するんだ。」
「はぁ。。。癌じゃない?!」
「2mmくらいの、とても小さいものだったから、もしかしたら病理用につまんだ時に全部取れてるかもしれないけど、散らばってる可能性もあるし、紹介状書くからそっちでしっかり検査して取ってもらってくれる?僕のところではその処置は出来ないから。表面にボコッと出てるポリープは取れるけど、このがんもどきは浸潤して組織の内部に出来るから取れないんだ。腸の壁は薄いからもし深くまで行ってた場合は肛門近くに出来てしまってるからストマ(人工肛門)になるかもしれない。リンパにも転移する可能性も高まるから。」
こんな感じで色々と説明をしてもらっていくうちに徐々に脳が理解してゆく。
癌じゃないけど、悪性って事???
「がん研有明病院に紹介状書いたから、自分で電話して予約して行ってください。行くのに不便かもしれないけど、何処でもいいって訳じゃないんだよね。安心して患者さんを引き継げる病院はココだって思うからがん研有明に行ってください。」
がん研。。。癌⁉︎
もーやばい気しかしない。
看護師さんから紹介状とがん研有明病院の詳細を渡され、お会計を済ませて病院を出る。
エレベーターに乗って考えた。
とりあえず早く予約しなくちゃ!
エレベーター降りてすぐにがん研有明病院に電話をかける。
一番早い日付けで予約出来た。
今やる事はやった。
次は旦那に電話かける。
旦那に報告してたら涙が出てきた。
ヤバい。私、死んじゃうのかな?
いろんな事を一気に考えた。
ひとしきり泣いたら落ち着いた。
「とりあえず娘のところで楽しく過ごしてから帰っておいで。」と旦那。
娘に心配かけたくない。
普通にしなくちゃ。
娘と会って普通に会話していたつもりだったけど、
勘が鋭い娘は「結果どうだった?」と切り出してきた。
「何もなかった」の報告が無いのは変だって感じていたらしい。
この話には触れなければ聞かれるとは思ってもいなかった私。
楽しく過ごして、後から報告すればいいや!と安易に思ってた。
勘が鋭いのは私譲り。
隠せませんでした。
娘も初耳な病名。
とりあえず、告知を受けたこの日は娘の家で楽しく過ごさせてもらった。
いざ。がん研の予約の日
付き添いは1名まで可。
旦那が一緒に来てくれた。
最寄駅からがん研有明病院に向かうが、
え?こんなにがん研に来る人いるの?って思うほど同じ目的地へ歩く人たちがいた。
病院に入って更に驚く。
こんなに診察に来る人がいるの?
みんな癌患者??
予約の時間の30分前に来るように言われたが、紹介状を渡して受付が済むまで30分ほど待ったので30分必要だったのに納得。
私が今回受診するのは
下部消化管内科
そちらの窓口に行き血圧を測って呼ばれるのを待つ。
ここではすぐに呼ばれる。
緊張しながら旦那と診察室へ。
「紹介状読ませてもらいました。直腸カルチノイドですね。もしかしたら検査用に摘んだ時に取れちゃったかもしれないけど、残ってるかも含めてしっかりと検査して手術します。どんな風にするかと言うと、、、。(絵を描いて説明してくれました。)
いつ入院できますか?手術前の検査にも一度来てもらいます。」
先生が早いタイミングで日程を組んでくださいました。
あと先生からの質問で
「血縁のご家族は?」
「両親は他界してます。弟が1人、私には子供が3人います。」
「弟さんに今すぐにでも大腸カメラを受けるよう連絡してください。がんは遺伝するから。お子さんたちも40歳過ぎたら大腸カメラを受けるように伝えておいて。」と。
すぐに弟に連絡しました。
入院手続きをしてから帰宅。
この翌日が検査。
早く予定組んでくれたからこのスピード感。
ありがたい。
また朝から下剤を飲みまくる。
今度は家から1時間ちょっとかかるから不安。
お通じが透明なレベルになってない状態で病院へ到着。
どうしよう。
看護師さんからお水をとにかくいっぱい飲むように言われた。
胃が破裂寸前まで飲みまくる。
便が出るたびに看護師さんにチェックされる。(見られるのも恥ずかしいがチェックする看護師さんも嫌だよね。ごめんなさい。)
先生から「もういいよ。多少は大丈夫。」と。
でもなー。
検査室に入ると、ん?先生が違うぞ。若い先生がこっち向いてる。
部屋間違ったか?
奥から主治医の先生が来た。
「今日はこの先生に検査してもらいますね。とっても優秀な先生だから安心して。」と。
マスクしてるけど、この若い先生イケメン。
えー。この先生に私の肛門見せるの?少し残っちゃってるう○ち見られるの?
申し訳ないのと恥ずかしいのとで、主治医の先生に「まだ便が透明になってない!」と訴える。
「いいからいいから。」って。
麻酔で意識はすぐに無くなった。
検査が終わったタイミングで目が覚める。
少し休んでから帰宅許可。
長女が車で迎えに来てくれた。
そして翌週。
入院前日は指定された時間にPCR検査を受けにいく。
これで陽性反応が出たら入院できない。
ドキドキしたー。
検査後は娘がまた迎えに来てくれて、一緒に近くの有明ガーデンでランチする。
入院前に食べられるものが限られていたので、食べても良いお好み焼きをチョイス。
夕方、無事陰性の連絡が来た。
入院1日目
午前中。指定された入院時刻。
娘2人が付き添ってくれて入院。
ですが、コロナ対策で病室には入れてもらえず。
エレベーターホール上がったところまで1人だけの付き添いが許される。
病棟入口はロックされてて入れない。
入院手続きしたら、1階のカフェでお茶でも〜!なんてお気楽に考えていた私。
そんな事できるわけなかった。とほほ。
送ってもらっただけ。
お見舞いも許されないのでしばしバイバイ。
説明を受け、病棟で体重測定後ベッドに案内されパジャマに着替える。
パジャマとタオルのレンタルセットを頼んだのでとても楽でした。
ほとんどの人が利用してた。
私が入院したのは5階。
入院した初日は、
自分が入院している5階と1階の売店、5階にある屋上庭園は行けました。
庭園と売店に行く時は入出記録を書いて専用カードでロック解除しないと扉は開かない。
モノレールの駅がすぐ目の前。
4人部屋の窓側が私のベッド。
ちょっと休憩できるソファ椅子も廊下にある。
入院した日のランチメニュー
胃腸に優しいメニュー。
デザートの甘さが救い。
最後の食事。
ここから数日食べられない。
窓は南東で陽射しが入ってきて明るい。
夕方から下剤スタート。
この病院の下剤は飲みやすい。
変な甘さがキツく無いのがいい。
夕方から点滴開始。
手術中、何かあった時用だそう。
前日から点滴するのね。
夕方、先生が回診に来られた。
5〜6人の若いお医者さん達も一緒に来たのでびっくりした。
明日の手術の話を少しして、戻って行かれた。
院長回診ってこんな感じなのかな?とか思った。
最後尾にいた、とびっきりの笑顔で挨拶してくれた若い先生が印象的だった。
良い先生っぽいな。
周りは夕飯時。
下剤と水分をたっぷり飲んでるから、全くお腹が空かない。
夜、寝る直前まで何度もトイレに行きまくる。
点滴を連れてのトイレはさらに大変。
げっそり。
入院2日目 手術日
朝になって、唯一許されていたお水をしっかり飲み続ける。今回はしっかり透明レベルまでもっていかねば!
「午前中、先生から連絡が来たらすぐ行きますから。」と看護師さん。
9時前には呼ばれ、車椅子で手術室に向かう。
外来の患者さんたちと遭遇。
パジャマだし、車椅子で運ばれてるの、ちょっと恥ずかしい。
部屋に入ると、昨日のとびっきり笑顔だった先生がいた。
主治医の先生が「今日はこの先生が手術しますね。」と。
よくよく見たら、この先生もイケメン!
下部消化管内科の先生はイケメンが多いのか?
もしくは医者になるイケメンが増えているのか?
若い頃、看護師になろうと思ってやめたのを少々後悔。
今だったら、イケメンいっぱいの職場でにんまり目の保養させてもらってたのに〜。なんてね。
肛門見せるのももう恥ずかしく無い!
ドーンと見せてやるわ!
横向きでの手術だから私は見えないし、そもそも麻酔で意識も無いからね。
主治医「じゃ始めますね。しっかりチェックして取りますからね。」
「はい」
イケメン先生「麻酔入れますね。大きく息を吸ってください。」
あー。意識が。。。
ドラマで聴き慣れてる音が聞こえてきた。
ピンコーン、ピンコーン、ピンコーン」
そう。何か問題があった時に鳴るアレです。
計器の画面がなぜか目の前に。
看護師さん「先生、血圧が下がってます。」
主治医「○○を投与して」
血圧? 画面を見ると上が70、下が33
元々血圧が低い私。
普段も90とかあるけどさ。
でも70は初めて。
イケメン先生が腸を切ってるのも見えた。
それを、身を乗り出して患部が映ってる画面をしっかり見てくれてる主治医の姿も見えた。
夢?
ここでまた意識が遠のく。
主治医から「無事終わりました。今日は安静にしてゆっくり休んでね。」と声かけられる。
1時間ほど寝ていて、病室へと車椅子でまた戻る。
トイレ以外はベッドで安静にするよう言われる。
排便でいきむことも禁止。
ここから退院まで便が出たら毎回看護師さんにチェックしてもらうことに。
下腹部とは違う、背中側の下腹部とでも言いますか、肛門より少し上あたりに鈍痛。
点滴を受けながらウトウト。
翌日のお昼まで食事は無い。
水筒を持っていってたので看護師さんにお湯やお茶をお願いして入れてきてもらって飲み続ける。
夜、主治医が顔を見せてくれた。
「どうですか?痛みはありますか?周りも含めて3センチほど切ったので傷口が大きいから出血もあると思うのでね、もし大量に出血したら看護師さんに言ってくださいね。今日はこのまま安静にして明日のお昼から少しずつ食べはじめましょう。」
先生の優しさが沁みる。
寝ている間、なにか違和感がある感じがずっとしてた。
入院3日目
朝。
痛みは無し。
午前中、点滴も外される。
先生が来てくれた。
「どうですか?眠れましたか?痛みは?今日から2日間は5階の病棟を歩いていいです。シャワーも浴びて良いですよ。無理ない範囲で動いてください。」と。
点滴も外れて自由になった。
ゆっくり歩いてみる。
5階は東棟と西棟がある。
コの字型で行き来ができるのでお散歩。
私が入院していた時は寒波が来てて、ものすごく寒かったらしい。
部屋にいると分からない。
外を感じたいから窓側のベッドだったのはラッキーだった。
部屋からの眺め。
病院の横は広い公園なのかな?
午前中、トラックを走ってる人が何人もいました。
健康的だな〜。エライな〜。
そんな事考えて見てた。
コの字を散歩してて発見。
お天気が良いと富士山が見える。
スカイツリーも。
東京タワーも見える!
安静で病室から出られなかった手術した日を除いて、毎日 朝、昼、晩と何度も見にお散歩しました。
そして
早くも退院してからの注意事項を渡された。
廊下の窓から私の病室が見える。
なので、見られたくない時はカーテンしてた。
入院4日目
食いしん坊の私。
食事時間をワクワク楽しみにしていたが、毎回がっかりしてた。
胃腸に負担がかからない食事なので、こんなメニューばかり。
野菜はお箸で簡単に潰れる柔らかさ。
味付けも超薄味。ほぼ素材の味。
さみしー。
退院までの食事の写真。
徐々にご飯はお粥から通常のご飯になってきた。
でもでも。
おかずは相変わらず寂しい。
入院5日目
5階から出られることに。
1階の売店まで行ってみる。
なるべく外来患者が居ない時間帯に行くよう言われる。
飲むヨーグルトとぷりんは食べて良いと言われたので買いに行く。
るんるん。
おやつにいただきました。
身体にしみわたる〜
庭園にも行ってみる。
改装工事中で、工事中の音が結構響いてた。
もうちょっと暖かくなったら、日向ぼっこできるね。
まだ少し寒い。
散歩中撮影した景色達。
入院6日目。
いよいよ退院です。
日曜日。
流石に先生はこの日はこないだろう!と思っていたが、来た。
入院中、毎日顔を見に来てくれた先生。
同じ病室の他の方々の主治医の先生は毎日来ていなかった事もあった。
なのに私の主治医は毎日、必ず来て「どうですか?」と声かけてくれた。
朝7時過ぎのこともあったし、夜22時のときもあった。1日に2回来てくださった事もあった。
先生、大丈夫?
倒れない?
私たち患者にとっては、毎日先生が顔を出してくれるのは精神的にも安心出来るしありがたいことだけど、先生の私生活が心配になった。
先生自身の身体をちゃんと労ってほしいと思った。
こんなに良い先生いるのか?
がん研という、あまり入院したくない病院でしたが、私はこの病院に入院して本当に良かったと思いました。
看護師さん達もとても親切だった。
私のお向かいさんは、人工膀胱(ストマ)をつける手術を受けたらしく、(カーテンで仕切られているだけだから会話が全て聞こえてしまう。) その現実を受け止めきれずに心まで病んでしまっていた。
主治医の先生、精神科の先生、カウンセラー、看護師さん達が親身になってお話を聞いてあげていた。
1人の看護師さんは30分近く居たんじゃないかな?
なんども頷きながらお話を聞いてあげていた。
優しい声で「ごめんね。最初に傷口を見る時一緒にいてあげたらよかったね。ショックだったよね。」って寄り添う姿勢に、私まで涙が出てきた。
シャワー浴びるのも傷を見ることになるから出来ないという彼女に、じゃ私が身体を拭いてあげてもいい?って、彼女の負担にならないような声かけをしてた。
決して偉そうじゃない。
ナイチンゲール。。。
2人の会話でもらい泣きしてしまった私は、泣いてる声を聞かせるのはダメだから、布団かぶって耐えた。
なんて良い病院なんだろう。
身体も心も弱ってる私たちに、寄り添ってくれる。
この病院に入院して良かった。
また何かあったときには、こちらでお世話になりたい。強く願う。
いよいよ退院します。
朝ご飯の後に顔を見にきてくれた先生は
「退院だけどそんなに慌てず、ゆっくりしていっていいからね。」と荷物まとめてる私に声かけてくれた。
約束の時間に病棟前まで迎えにきてくれた旦那。
翌月の再診の日まで、お酒はもちろんストップ。
2週間は消化に良い物を食べる。
キノコ類、豆類、玄米や牛蒡などの食物繊維の多いものは腸に負担がかかるので食べず。
よく噛んでゆっくり食べる。
重たいものは持たず。
歩きすぎない。
自転車も禁止。
便は毎回しっかりチェック!
などなどをしっかり守って生活。
旦那は普段以上に優しくなった。
例えば
出かけてて美味しそうなケーキを見つけて買った場合、次に良い香りをさせてるたい焼き屋さんがあったとする。
いつもは「ケーキ買ったしあかん」って言われるが、「買ったらええ」って。この数ヶ月は好きなものを好きなだけ食べさせてもらった。
なんて幸せなんだ
太っても良い!と思っていたが痩せた。
手術というのは思いの外、身体に負担をかけるんだろうね。
そんな、お姫様時期を満喫しておりました。
突然、
再診の3日前にがん研有明病院から電話かかってきた。
買物してて気づかず。折り返すが、混み合ってて繋がらない。
その夜にまた着信。
ドキドキ。
主治医の先生の声だ!
優しい声。ゆっくりと喋ってくれる。
「検査の結果がでました。良い結果だったので早くお知らせしようと思って電話かけました。。。。。この電話でお伝えしたので再診の予約はキャンセルしてもらってもいいですよ。」
と言ってくださいましたが、今後の注意点など聞く準備ができていなかったので、「伺います。」と言う。
「来られるなら検査結果も写真を見ながら詳しく説明しますね。」と。
マジでなんて良い先生なの???
大好き
「一生ついていきます!」って気持ち。
そして再診の日。
先生から説明を受ける。
「最初の病院で検査用に組織を取ったときに全部取れてたみたいですね。今回、できていた部分も含めて周りに飛び散ってる可能性もあるから3センチくらい取って病理に出したんだけど、結果は悪性のものはありませんでした。だから今回の手術は痛いだけでやり損だったって事になっちゃうんだけど、でもね、こればっかりはやってみなくちゃ分からなかったからね。今回のが転移する事は無いのでこれで治療は終わりです。一年後に今回の傷口のチェックも含めて大腸カメラをまた受けてください。これからは毎年カメラやってください。前の病院にも今回の結果を連絡しておくので、そちらの病院に戻って良いです。」と。。。
「今後も先生に見ていただきたいです!」と熱望するも、、、
「ここはここを必要としている患者さんの場所なのでね、みんなが来てしまうと必要な人が待つ事になってしまうから戻ってください。」って。
わたし失恋した気分なんですけど。
でもね。先生のおっしゃる事は至極真っ当な事。
後ろ髪引かれまくりだけど、諦めました。
「がん細胞は毎日出来ているけど体が元気だとやっつけることが出来るので、体力をつけて免疫力を上げてください。それといっぱい笑うことが大切です。大変な思いしたんだから温泉にでも行ってゆっくりしてね。ストレスをためないように。」
優しい言葉で締めくくってくれました。
この日まで、全く写真を撮らなかった旦那。
怖かったそうです。
ごめんね心配かけて。
家族みんなにも心配かけてしまった。
辛い経験をまた積んだ私。
ブログに書くかどうか散々迷ったけど、誰かの参考になればと思い全記録を残す事にしました。
早期発見。
これです。
早期発見のおかげで、命がまたつながった。
大腸カメラは料金も高く検査前の下剤もキツイけど、病気がないか?定期的に検査してください。
大切な家族との時間を守るためにもね。
以上、私の治療記録でした。
長々とお付き合いありがとうございました。