今からちょうど20年前の今日、何をしていたかということを鮮明に覚えている。石川県の千里浜なぎさドライブウェイの先にある柴垣という場所でキャンプをしていた。大学4年生の夏休み、社会人になる前の最後の夏休みである。男が2人、女が1人という組み合わせで、海水浴場の近くでキャンプをしていた。学生なのでテント以外は、ほとんどが家庭の道具を持ち込んでのキャンプである。
 段ボール箱にキッチン用品を詰めてキャンプ場で開く、火を使うのはカセットコンロ。夕飯の用意をしながら、ふと、となりを見ると、それは立派なキャンプ道具を持ち込んでいる大人がいた。それを尻目にカセットコンロで夕飯を作る。当然ながら手際は悪いがそんなことはお構いなし。なんでも自分たちでするから楽しいのだ。
 夕飯が終わってから、テントで寝ようとするが、ちょうどその日は平成3年の台風12号が上陸し接近してきていたので、雨も風も強くなる。となりの立派なキャンプ道具の大人たちは、さっさと、テントを畳んでキャンプ場からいなくなった。
 ラジオを聞きながら、そういえば日本海側でキャンプをすると北朝鮮に拉致される危険があると祖父に注意されたなと思い出しながら、台風情報に耳を傾けた。が、台風情報の代わりに飛び込んできたのは、ソビエト連邦でクーデターが起こったというニュースだった。ゴルバチョフが避暑地で軟禁状態になった...などというニュースである。
 ソビエト連邦の今後。台風の進路。それ以上にやがて自分たちが社会人になりそれぞれの道でバラバラになっていくという一抹の不安と、僅かながらの将来への希望を思いながら、風に揺れるテントで一夜を過ごした。
 そんな印象深い一日だった。だから決して忘れることは無い。
ソビエト連邦の8月クーデターという新聞記事をみて真っ先に思い出すのは、大学4年の夏休みのキャンプである。テントとラジオ、段ボールに入ったキッチン用品、そしてカセットコンロ。
 

 18歳の夏休みに、イスラエルの女の子とふたりでカヌーに乗ることになった。日本ではなくて海外で。カヌーなんて初めてである。小川から湖に流れ込み湖を横断するというのが設定されたルートだった。そして湖は強風、カヌーに対して向かい風である。ふたりで力を合わせて漕ぐが全然前に進まない。そのうち、湖のうえは僕らのカヌーだけが取り残された。
 ルートどおりに進むのをあきらめ、風に流されながら反対方向の岸へとカヌーを漕いだ。Adiという名の16歳のイスラエルの女の子も涙目である…ああ、困ったものだ…
 岸についてから、どうしようかと困っていた僕に、Adiが言う。「カヌーを岸に揚げよう。そして道を探して、道をたどりながら電話を探そう。電話を見つけたら宿泊施設まで電話をかけて助けを呼ぼう。」Adiはとてもテキパキとしている。僕は指示されるがまま。情けない。
 ライフジャケットを着たまま道を歩こうとした僕に「ライフジャケットはカヌーにふたり分残しておかないと、後でカヌーを見つけた人が心配するよ!無事にふたりで上陸したことがわからないでしょ!ひとつだけ残っていたらひとりは湖に流されたと思うでしょ!」と当然のように言う。 (あ、なるほど・・・)と感心する。
岸についてから、湖畔の舗装されていない道をみつけ、道に沿って歩くと森の中にレストランが見つかった。そしてレストランから宿泊施設まで電話をかけ、迎えに来てもらう。
 助かった。しかし情けなかった。

そなえよつねに by ボーイスカウト