ウェスト・サイド・ストーリーというミュージカル映画がある。

 現代の(といってももうかなり前だけど)ニューヨークを舞台にロミオとジュリエット(シェイクスピア)の筋書きを借りたものだが、魅力的な曲やダンスで彩られたとてもすばらしい作品だ。
 「トゥナイト」などいい曲がそろっているが、わたしのお気に入りはなんといっても「アメリカ」だ。
 一方のプエルトリコ系ギャング団が、男女に分かれて激しい群舞をくりひろげる。クールでかっこいい、見ていると思わずつまさきが踊りだす名曲だ。

 この間テレビで久しぶりに見た。覚えていた通りいい曲だったが、英語のヒアリング能力が向上したせいか、歌詞の内容がはじめて聞きとれて、「こういう曲だったのかー」という感想を持った。

 女性陣の歌詞はアメリカの豊かな文化にあこがれる内容だ。女性は家にいるのが、こういったラテン系の保守的な人々では普通なので、ラジオやテレビ、映画や雑誌などを通して、アメリカ文化のシャワーをあびている。「アメリカ人になりたい」といった内容だ。
 これに対して、男性陣は外に働きに行かなくてはならない。彼らが日々接するアメリカ人たちは、決して彼らをアメリカ人扱いをしてくれない。もともとスペイン語を話す彼らは英語を身につけなくてはならないし、仕事も見つからない。だから女たちに、プエルトリコ人はアメリカ人になるのは実際無理、と言って聞かせる。陽気に、クールに踊って歌っているが、プエルトリコ人の怒りと悲しみを歌ったものなのだ。

 プエルトリコは、1900年にアメリカと合併した。
 だから、プエルトリコ人は「アメリカ人」のはずだ。
 しかし、合併以来プエルトリコ人には、アメリカの大統領選挙権はない。今年行われるオバマ大統領の後継者を決める大統領選挙についても、選挙権はない。

 アメリカの正式名称は、アメリカ合衆国と和訳されている。

 しかし、より正確に言えば、アメリカ合州国と漢字を当てるのが正しいと思う。
「 United (合わさった)States(州) of (の)America」だからだ。

 だから、「州」とされていない地域には、大統領選挙権はない。プエルトリコは「自治連邦区」とされているので、大統領選挙権はない。

 「合併」というのは、二つの国が基本的に対等の立場で合わさることを言うと思うが、これで、対等といえるだろうか。プエルトリコ人が、実質的植民地支配を受け、二等市民として扱われていると感じても、無理はないのではないだろうか。

 他にも、「州」とされていない地域はあり、ハワイ以外にアメリカが持っている小さな島々、そして、意外に思ったのはワシントンDCだ。アメリカの首都という栄光があるワシントンDCは、そこで、あらゆる政治的駆け引きが行われるにもかかわらず、地元民は大統領選挙権を持っていない。アメリカがイギリスから独立する際のスローガンに「代表なければ、課税なし」というのがある。民主主義を徹底し、政治的意思を伝える代表を議会に送らなければ、税金払ってやらないぞということである。
 で、ワシントンDCのモットーは「代表なき課税」で、ワシントンDCナンバーを持つあらゆる自動車にそう書いてある。

 第二次大戦後、日本はアメリカを民主主義の先生として、自由で民主的な社会を目指してきた。

 しかし、アメリカは民主主義の先生としては、かなり問題がある。

 日本では、どんなに離れた離島でも山あいの小さな村でも、すべての人にすべての参政権が認められている。もちろん日本人であることは絶対必要だが。

 アメリカでは、単に州でないというだけで、アメリカ人であるにもかかわらず、大統領選挙権がない。その数は何百万人にもなる。ブッシュ(子)の時の選挙だったか、あの大統領選のややこしい間接選挙制度のせいで、国民の意思を反映していないと思われる大統領が誕生してしまった。大統領の選挙方法も改善の余地があると思われる。
 プエルトリコを州として昇格し、大統領選挙権を与えるべきだろう。

 これは、「外国人に参政権を」というたわごととは異なる。彼らはアメリカ国民なのだから。
彼らと使用する言語が違っても、国に組み入れるのを拒否する理由にはならないはずだ。


では、プエルトリコと同様に日本に併合された韓国について、あ、当時は朝鮮半島全域の大韓帝国について、ちょっと見てみよう。

 今調べて知ったことだけど、日本は、韓国人、台湾人に対して、日本人と同様の国政参政権を与えていたらしい。戦前戦中の帝国議会には、朝鮮人の衆議院議員や貴族院議員、台湾人の貴族院議員がいたらしい。また、ハングルによる投票も認められた。

ただし、当初は選挙区は内地とよばれた日本本土にしかなく、朝鮮人も内地にくれば、参政権を行使できた。日本人でも、外地と呼ばれていた朝鮮に移り住めば、事実上参政権を行使できなくなった。

 ・・・公平だ。

 そして、被選挙権については、内地人でも外地人でも享受できた。

1945年4月2日朝日新聞は「鮮台同胞国政参与に 畏(かしこ)くも大詔渙(かん)発(ぱつ)」
と1面トップで報じ、朝鮮、台湾にも選挙区を設けて、実質的に国政参政権が行使できるようにすることを伝えた。

 ちょっと遅いようにも思えるが、このころ、太平洋戦争の戦況が悪化し、今までは免除されていた朝鮮や台湾の外地人にも兵役が課されるようになった。

 近代国家では、選挙権は、兵役の義務と背中合わせという考え方がある。スイスもこの考え方で、兵役のない女性には、ずっと選挙権があたえられず、やっと与えられたのは日本よりはるか遅れてである。

 戦争に負けていなければ、朝鮮と台湾でも帝国議会選挙が行われていたところだ。朝鮮人、台湾人も平等に選挙権をもった・・・。

 これを見る限り、日韓併合は対等なものだったと私は思う。

なお、プエルトリコについては、2012年、州昇格の住民選挙が行われ、昇格の意思が示されたということだが、併合して112年、やっとという感じである。もっとも、合衆国議会の審議が必要ならしく、未だ大統領選挙には参加できないようである。
 また、去年2015年にはデフォルト(債務不履行)認定されている。

参考サイト)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%B3
http://ironna.jp/article/1308?p=1