女性の権利を主張するいわゆるフェミニストと称する人たちで、「夫婦別姓」を主張するひとたちがいる。政党としては、民主党、日本共産党、公明党、社民党が、導入に積極的態度を示している。
それが、「女性の人権」をまもることにつながるんだそうだが、なぜそうなるのだろうか。ちっともわからない。
まもるということは、現行法の制度では、女性の権利が侵害されているということになる。
現行の民法の規定では、「夫婦は同一の姓を名乗る」とされていて、夫の姓に決めてもよいし、妻の姓にしてもよい。その選択は自由である。
これが、「夫の姓にしなければならない」ということなら、女性の側にだけ、姓の変更という不利益を課せられていることになり、侵害されているということも可能である。
しかし、妻の姓にする人もいて、そういう人(ムコに入る人)は同様の不利益を被るのだから、べつに、女性を差別しているとか、権利を侵害しているということにはならないはずだ。
これに対して、「事実上」夫の姓にする女性が多いと夫婦別姓論者はいう。
事実としてはそうかもしれない。でもそうなら、妻の姓を選択するカップルを事実上増やす運動をするというのもあるはずだ。妻に男兄弟がいない場合ぐらいが今までだとすると、じゃんけんで決めるとか、話し合って決める方法などを呼び掛けてみるのはどうだろうか。
もし、夫婦別姓になると、一つの家族で、名字が違う人が交じることになるから、ややこしくてかなわない。「山田さんちではさー」というのが、「お父さんが山田さんで、お母さんが田中さんのあのうちがさー」といちいちややこしくなる。
それに、子どもの姓はどうやってきめるのだろうか。もし、夫の姓だとすると、それこそ、女性差別である。
わたしも女性であるから、女性の権利を守るのにやぶさかではない。女性には男性と同様に、選挙権を行使するなどの参政権、財産を持ち、自由に処分する権利、自由にどこにでも行く権利、好きな格好をする権利(ただし、常識の範囲内で)、職業選択の自由、、などあらゆるものがあり、これらが侵害された時は、喜んで立ち上がろう。
しかし、結婚という制度を利用しているのに、別々の姓を保持する権利など必要ないと思う。
結婚という法律上の制度を利用する以上、家族を形成する行為だし、日本では、一つの家族内では原則としてひとつの姓を持つのが原則だと思う。
では、なぜ、夫婦別姓論者たちは、別姓にこだわるのか。
ご存じの方も多いと思うが、中国、そしてその文化の流れを汲む韓国・朝鮮では、女性は結婚しても男性の姓に変わらない。生まれたときの姓をそのまま保持するのが普通である。
夫婦別姓論者たちは、このような制度を日本に導入しようとしているように見える。
これは「女性の権利」を尊重する制度なのだろうか。
そもそも、中国と日本では、「家」の概念が異なる。(流れをくんだ韓国・朝鮮は以下省略)
中国では、「男系で血がつながった者」だけが家族である。つまり、妻は、血がつながっていない以上家族ではない。だから、妻に婚家の姓を名乗ることは許さない。徹底した男系血縁主義が中国の家族制度の特徴である。
これに対して、日本の家制度は、もちろん、血縁関係があるのが原則だが、子どもができないといった非常の場合は、養子をとることも江戸時代から普通に行われていた。家を一種の共同体ととらえていたようである。そしてもちろん、女の子しか生まれなかった場合、婿養子をとって、家を継がせることも普通に行われている。娘を通じて血縁がある場合も、当然子孫と考えられている。つまり、男系は優先するが、女系を取り入れることも許された。
つまり、中国で、女性が姓を変えないのは、「女は家に入れない」という趣旨であって、これは、究極の女性差別といえるのではないだろうか。女性も家族として受け入れ、家族の姓を名乗ることを許される日本の女性のほうが、社会的地位が高いと思われる。
そして、子どもの姓は夫のものになるから、女性は「子どもを産む道具」扱いを受けていた悲しい歴史がある。
「大地」という本を以前読んだ。パール・バックというアメリカ人女性によるものだが、彼女は父親が宣教師で、中国で生まれ育ち、中国を舞台とするこの長い小説で、ノーベル文学賞を受けている。彼女が子供のころ、「親切な宣教師の奥さん」である母親に会いに来てぐちをこぼす中国人女性たちが多く、その長い長い悲しい話をたくさん聞かされて育ったという。ほかに彼女たちの言葉に耳を貸してくれる人など、中国人社会にはいなかったのだ。
「大地」にも、纏足で痛む足のため、いつも不機嫌で、家の中で暴虐の限りをつくし、見るに堪えない嫁いじめをする女性が出てくる。中国の封建社会がそういう犠牲者を生みだす・・・そのときはそう読んでいた。
嫁姑問題があるのは、日本に限られないが、中国の話はすさまじすぎる・・・と思う。
嫁に対し「男の子を産め」という圧力は日本にもあるが、中国の比ではない。考えてみれば、中国では、女の子しか子どもが生まれなかった時点で、その家は途絶えてしまう。女の子に婿養子をとって後を継がせるということができないのだ。中国人の姓の種類が少ないのもそういった理由によるものと聞いたことがある。だから、よりいっそう男の子は尊ばれ、女性差別はひどくなってしまう。
性行為の後、「子種がこぼれるから」そのままベッドで一日過ごさせるといった理不尽ないじめもあったという。
パール・バックはかなり以前の人だから、「共産主義革命」以降は「女性は解放」され、男女平等な社会が実現しているのだろうか。すくなくとも、共産党政権はそのように言っている。
しかし、このあと読んだ「ワイルドスワン」(中国人女性の話)によれば、依然として、中国人女性に対する抑圧は続いているようで、ベッド寝たきり命令の話もワイルドスワンがソースである。
「女性が解放」されたというのも、北朝鮮が「地上の天国」であるといった話と同様、おお嘘であろう。中国政府のいうことなど信じられない。
そもそも、ちょっとでも女性の権利を尊重するなら、「一人っ子政策」などとれないのではないか。子どもを産むという女性が生涯に行う最大のプライベートなイベントに政府がずかずかと侵入するというのだから。
「結婚しても姓を変えない制度」も、もし、中国に自由があり、女性の権利が適切に主張できる本当に良い世の中になったら、女性たちの手によって葬り去られると私は思う。
封建的な中国式家制度につながりかねない、「夫婦別姓」には反対である。そして、「夫婦別姓」を主張するエセフェミニストは、中国の共産党政権の手先である可能性が高い。
一人あげると、「福島瑞穂」氏など。
参考)
本 ・・・・「大地」 パール・バック
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サイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AB%E5%A9%A6%E5%88%A5%E5%A7%93
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/913.html


