ついにキノの故郷「大人の国」です。キノが旅に出た経緯について描かれます。

 

 

 

 

キノの国には昔からあるしきたりがありました。子供たちは12歳になると、脳に手術を施され、大人にされるというものです。これによって子供たちは、嫌なことでも我慢できる大人になれるというのです。

 

 

 

ところが、キノと名乗る旅人から外の世界を知った彼女は、その手術を拒否するのです。するとそれまでにこやかだった親やほかの大人たちは豹変し、彼女を殺そうとします。

 

 

 

しかし旅人キノが身を挺して彼女を守ったおかげで、キノが直したモトラドに乗って国外に逃亡し、以降は親も国も自分の名前さえも捨てて、キノと名乗り、帰ることのない旅に出るのです。

 

 

 

まず、脳の手術によって子供を強制的に大人にするという慣習に驚かされます。これは精神外科(ロボトミー)であり、かつては私たちの世界でも一時は流行しましたが、障害が残るとして現在では廃れてしまっています。

 

 

 

子供を大人にするという手術は、内面の成熟を促すことのないまま、我慢だけできる人間に変えることを意味しています。手軽に大人を作り出せる方法に見えるかもしれませんが、安直だと言わざるを得ません。表面的には大人でも、心は子供のままだからです。

 

 

 

少女キノの言葉からは、仕事を持つ大人たちの内面が透けて見えます。 両親のキノに対する反応も嫌なことも嫌と言えないまま、今も大人を演じ続けなければならないことへの怒りが見てとれます。この手術がこの国の住民たちをどれほど歪ませてきたのか恐ろしいです。

 

 

 

さらに、親も教育機関も子育てに何の責任も負いません。手術が子供を簡単に大人に変えてくれるからです。

 

 

 

その手術を否定することは、嫌々ながら生きている大人たちだけでなく、この国の在り方そのものをも否定してしまう。彼らにとって手術はアイデンティティであり、たとえ誤りだと気づいたとしても、それを否定することはできません。

否定してしまったら、それまで生きてきた自分たちの人生はなんだったのかとなってしまう。

 

 

 

もし親が子育てに責任を負うことがあるとするならば、それは手術を受ける子供たちが手術を否定したときというわけですね。なんとも歪な国です。安易な手術に頼った結果、この国が陥った状況は皮肉と言うほかありません。

 

 

 

ところで、この話は前回と対になっています。どちらも旅人が旅館を経営する夫婦と、その娘と知り合う。娘は花の名前が付けられている。

 

 

 

しかしその後の運命は全く対照的です。一方は親も国も捨てて旅に出て、一方は国が滅びる運命を知りながら両親と運命を共にする。この2人の運命は大人がたがいの国の誤りを認めるか認めないかという違いがそのままストレートに出ています。

 

 

 

なお、先代のキノの運命はシズを通して反面教師的に描かれている、「郷に入っては郷に従え」の精神を示しています。

 

 

 

外から来た人間は安易にその国の根幹に関わろうとしてはならない。先代キノも最初はそうしようとしましたが、出来なかった。しかし自分の身を守る技術がないまま旅に出て、少女を救おうとして命を落とした彼のことを馬鹿な男だと笑う人はいないでしょう。

 

 

 

彼は旅人よろしく、異国のことをこの国の住人に聞かせただけなのです。それが話を聞いた少女の運命を左右することになんて、いったい誰に想像が出来るでしょうか。

 

 

 

このエピソードは原作でも読みましたが、衝撃的な物語に愕然としたものです。そしてキノがこんな重い過去を背負っていたとは。けれど彼女がどこか廃頽的と言うか、投げやりに見えてしまうのは、ずっと昔に忘れられない大切な出会いがあって、でもその出会いは自分が原因で二度と帰ってこないからなのだと、ひどく納得したものです。

 

 

 

たぶん、本作のキャッチコピー《世界は美しくなんかない、それゆえに美しい》も、そうしたキノの内面から出てきた言葉なのだと思います。

 

 

 

・・・ということで、しばしば出会った人間から頼りなさげに見られがちなキノの、旅をしている事情が明らかにされました。しかしやむにやまれぬ事情でもない限り、少女が1人で諸国を巡って旅をするなんてことにはならないでしょう。

 

 

 

もしかしたら先代キノにも何か事情があったのかもしれません。

まだ未読ですが、原作にはキノが先代キノの国を訪れる話があるそうです。どんなお話なのか想像できませんが、いつか読んでみたいと思います( `・ω・´)ゞ