『キノの旅』もとうとう最終話です。ラストは「羊たちの草原」。

キノが草原の道を走っていると、突然凶暴な羊の群れに襲われます。やむをえずエルメスを残して深い谷に降り、羊から逃げるキノ。その後、キノは四輪駆動の車と、羊に襲われて命を落としたと思しき、車の持主(白骨遺体)を見つけ、その車に乗って羊たちをガンガン跳ね飛ばしながらエルメスを救出するというもの。

 

 

 

一見かわいい羊たちが大群となってキノを追い回し、さらに今度はキノが反撃とばかりに羊たちを殺戮する様はシュール&シュール!!

 

 

 

しかしなぜこれが最終話なのか!?wwww

 

 

 

さて、羊たちから首尾よく逃げのびたキノとエルメスはとある国にたどり着きますが、そこで門番からあることを尋ねられます。

すなわち「羊たちに出会わなかったか?」と。

 

 

 

門番の話によると、この国では羊同士を闘わせる闘羊が盛んだったそうです。そしてそのために、羊たちは屈強かつ凶暴に育てられたのだと。しかし闘羊は動物愛護の観点から批判が集まったため、廃止されてしまいます。

 

 

 

問題はその後です。なんと彼らは草が豊富だからという理由で、羊たちを壁外の草原に放ったというのです!!!

 

 

 

キノの苦労を知らない門番は羊たちが元気だと知り、能天気に喜び「国民全員にこのグッドニュースを知らせなきゃ!」と言います。なんというオチでしょうか。

 

 

 

しかし事はそう単純ではありません。なぜなら門番はこうも言っていたからです。「本当に久しぶりのお客さんです! 何年もこっちの城門から入いる人がいなくて悲しかったのですよ!」

 

 


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羊たちが旅人の交通を邪魔していたことは、キノの体験や白骨死体から明らかです。当然この国の人たちもその可能性を考えたはずです。

 

 

 

ところが、そこに少女が一人で国にたどり着いた。ということは旅人の減少は羊を野に放ったことや、その羊が今も元気に暮らしていることとは無関係だと、結論づけることができる。

 

 

 

これこそが彼らにとって本当のグッドニュースなのではないかと深読みできるのですよ。

 

 

 

ましてや、彼らが羊たちに対して何らかの対策が必要だと考えていたとしたら、尚更でしょう。

 

 


このエピソードは見た目の面白さやシュールさとは裏腹に社会派の内容を備えています。海外から持ち込まれたペットが放たれるなどして野生化し、さらには駆除不可能なほどに数が増え、人々の生活に害を出したり、環境破壊を引き起こす事例が日本各地にあることはご存知の人も多いでしょう。

 

 

 

典型的なのはアライグマですが、こうした外来の害獣は殺処分されるのが常です。そこにあるのはペットを安易に飼育し、飼えなくなったからといって簡単に捨ててしまう、私たち人間の無責任さです。

 

 

 

この国の人間が行ったことはこれと何ら変わりません。

 

 

 

たとえキノが羊たちを殺戮したとしても、命の危機にさらされたキノを責めることは、あの国の人間にはできないのです。というか殺戮というより駆除と言ったほうが正解。あのシーンを思い出すたび、その痛快さにすかっとしてしまいます!!www

 

 

 

さて、ではなぜこのエピソードが最終話なのか。終盤はテーマ性によって数珠繋ぎのようにエピソードが配置されています。「羊たちの草原」が最終話に登場したことは、前回からのテーマの連続性から説明できるのではないでしょうか。

 

 

 

たとえば9話と10話についてはどうでしょうか。9話の短編で登場した、殺人を志して大統領まで登りつめた男がこんなことを言っていました。「人間の評価はこれまでの行動を総合的に見ることによって評価されるべきであり、これまで悪事を働いてきた人間が、たった1回良いことをしたからと言って、まるでその人を良い人間であるかのように見るのは間違っている」と。この後に続くのが「美しい国」です。たとえキノにとっては素晴らしい国であったとしても、あの国の総合評価がその1点によって揺らぐことはないにちがいない・・・。それでも、滅亡を前に変わることを志し、実際に全く別の国に変えてしまった住人たちのことを美しくないとは決して言えないでしょう。

 

 

 

10話と11話については、よく似た境遇の2人の少女の運命が、その後、国の在り方によって全く変わってしまったことは前回指摘しました。

 

 

 

では11話と12話ではどうでしょうか。一言でいえば、どちらも無責任な大人を描いたお話です。11話は手術によって無理やり大人にされた親が自分の娘を殺そうとするお話であり、12話は無責任な大人たちが大切なはずの羊たちを野に放ち、野生化・害獣化させた結果、キノに駆除されてしまうお話でした。

 

 

 

この配置から、11話の安易な方法で子供を大人に変えてきた、子供に責任感を持とうとしない国民の運命が、無責任に野に放たれた羊たちの末路によって暗示されているのではないか。

 

 

 

一見ユーモラスに見えながら、そのブラックさ、皮肉さはまさしく『キノの旅』であるとともに、お昼寝をするキノの短編を最後に持ってくることによって、彼女の旅がまだまだ続くことを示唆しています。最終回として相応しいエピソードだったように感じます^^