『独眼竜政宗』第38回『仙台築城』簡易感想(ネタバレ有) | ~ Literacy Bar ~

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今回の何が凄いって、サブタイの仙台築城の他に歴史的な動きが殆ど描かれていないということ。まぁ、家康の征夷大将軍の就任はありましたけれども、作中でも詳しくは触れられてはいませんでした。。しかし、それにも拘わらず、

どうしようもなく面白い

というのが凄いわ。何だろうな、これ。大きな歴史イベントを題材にすれば、普通の脚本家でもある程度のモノは描けると思いますが、今回みたいに政宗の上洛と帰郷しか描かれていないのに退屈させないってどういうことなんでしょうか。脚本家としての基本スペックが違うとしか評しようがありません。逆に有名な歴史的事件をバンバン扱っているにも拘わらず、全くストーリーが盛りあがらないというスペックが著しく低い大河ドラマが明晩、最終回を迎えるそうです。今回のアバンタイトルで描かれていたように、本作が放送されたのが一九八七年。あれから四半世紀で大河ドラマの何が如何歪んでしまったのでしょうか……まぁ、このテの愚痴は明日の総評記事に取っておくことにしましょう。今回のポイントは一つ。細かい見所は多かったものの、煎じ詰めると次の一文に集約できると思います。

1.徳川家康という男

先回、百万石のお墨つきを反古にしたことで、完全に主人公の倒すべき相手(悪ではない、念のため)と定義された徳川家康。その人物像を明確にするのが今回の主題でした。作中では、

伊達政宗「俺は太閤には三度も殺されかけた経験がある! 家康如きに手玉に取られてたまるか!」

という何の自慢にもならない理由で家康への対抗心を露わにしたものの、残念なことに秀吉と家康では天下人としての質が違いました。勝新秀吉は全身から漂うバイオレンス臭で政宗を頭から捻じ伏せにかかりましたが、津川家康はジワジワと足元から相手の自由を奪うように浸み込んでくる。政宗がそらっ恍けようとした仙台城の普請の進み具合までも把握して、逃げ場や言い訳の余地を絶ち、相手を自分の意図した方向に動くように仕向けてくる。秀吉が虎や獅子、或いは赤カブトとすると、家康は劫を経た狐狸の類。力ではなく、知恵と道理で相手の行動を誘導する名人ですね。
これは政宗にとっては秀吉よりも厄介な相手です。知恵と道理を重んじるということは、政宗お得意のハッタリが通用しないということに等しい。秀吉の場合は政宗がちょっと(というか大概な)悪さをしても、白装束とか黄金の十字架とかいった一発芸で笑いが取れると許してくれたのですが、家康はそうではない。道理に反することはとことん追求してくる。政宗にしてみると天敵と評してもいいほどに相性が悪い相手ではないでしょうか。奇策使いを完封するのは正統派の用兵家ということでしょう。
これに対抗するには二通りの方法しかありません。
一つ。こちらも道理に則った行動で揚げ足を取る。家康よりも先に秀頼に年賀の挨拶に伺ったのが典型ですね。形式上、家康は秀頼の臣下といえなくもないので、政宗の行動をアカラサマに批判できない。やり過ぎはマズイですが、一朝事ある時に伊達家は豊臣家と結ぶかも知れないぞ、と家康に匂わせておくのは有効な手段です。勿論、言質を取られない範囲でね。
もう一つは相手の知らない&影響のない要素で反抗に及ぶ。香ノ前との間に生まれた子を密かに仙台に向かわせたのが好例。流石の家康も、茂庭家の子供が政宗の胤とまでは気づかない。妻子のみならず、自らも伏見に留め置かれた主人公としては、

伊達政宗「家康の奴、俺の妻子を全員統制下に置いた気でいやがる。ププッ、実は一人抜け出しているんだよ、ブワァーカ」

という暗い快哉に胸を躍らせたでしょう。勿論、主目的は万一の事態に備えて伊達家の血筋をセーブしておくことなんですが、絶対に上記のような思考も働いている筈です。まぁ、煎じ詰めると雑巾絞り茶の発想と変わらないのですが、この辺が妙に人間のリアルを感じさせますな。キャラクターの生臭さと評してもいいでしょう。

しかし、如何に政宗が手練手管を弄そうとも、結局は家康のほうが一枚も二枚も上手。

片倉小十郎「決して器用な御仁ではございませんが、自然の摂理に抗うことなく、押すべきは押し、退くべきは退いておりまする」
伊達成実「確かに読みは深い。自ら天下を奪うのではなく、天下が懐に転がり込むように仕向けておる」


と評したように、相手の心理を洞察して、攻める時と退く時を見誤らないという家康の掌で、豊臣家のみならず、政宗も踊っていました。征夷大将軍に就任した際に生じた豊臣家との摩擦は、秀頼を内大臣に推薦&千姫との婚礼でチャラにしたように、百万石の御墨つきを反古にした&二条城の普請を手伝わされた&妻子と共に伏見に留め置かれた&江戸屋敷に入ることをゴリ押しされた……etc.etcといった政宗の鬱積が頂点に達する寸前、

大久保長安「で、どうすんの? うちの忠輝と五郎八姫の結婚、何時にする? 何? 『足留めしておいて何をほざく?』 大丈夫、上様の勘気はとっくに解けているよ」

とポーンと甘~い飴をしゃぶらせる。案の定、踊るように仙台城に帰還した政宗は上機嫌極まりない状態。全ては家康の計算通り。勿論、政宗としても牙を抜かれたつもりは毛頭ないとはいえ、家康の敷いたレールの上を通らされた感は否めませんね。秀吉が力づくで自分の望む場所に相手を引き据えるとすれば、家康は相手がいつの間にか、その場所にゆくように誘導されている。小十郎と成実の評価は蓋し名言ですな。
そのうえ、もっと重要なのは家康の相手は政宗だけではないということです。天下人である以上、家康は全ての不穏分子に対策を講じていなければいけないんですね。政宗には政宗向きの、豊臣家には豊臣家向きの、清正には清正向きの、市松には市松向きの飴と鞭を用意している。基本、家康と豊臣家に目を向けていればいい政宗とは視野の広さと思慮の深さが格段に違うんですね。家康の相手でイッパイイッパイになっている政宗との根本的な違いはそこにあるんじゃないかと思います。この辺は特に本編で明確に描かれていたワケではないにせよ、対豊臣家と対伊達家の態度の類似点を見ると、自然と視聴者もそういう視点で家康の凄さが判るんじゃないかと思いました。何気ない日常パートの回にこそ、大河ドラマの脚本家の力量が試される。それを実感した内容でした。

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