内村完爾「今年はいい年になりそうだな!」
これほどに汚れた新年の抱負(?)も珍しい。表面上は誰もが口にする言葉ですが、そこに隠された底意を思うとねぇ。叙情感に満ちた今回の世界観が台なし。だが、それがいい。それでこそ、我らが『相棒』でございます。
今年の元日SP。
ほぼ満点の出来でした。2時間半という長丁場でしたが、中弛みもなく、ずっと画面に惹き込まれていました。杉下と国枝の中の人が同じというのはやり過ぎ&杉下は柴田久造の自死くらいは予見せぇよと思いましたが、それを除けば文句なし。元日からいい作品を観させて頂きました。まさに、
与力「今年はいい年になりそうだな!」
という心境です。
さて、今回の物語には複数の要素がブチ込まれていました。
リリカルな少女文学の雰囲気。
没落した地方の名家が舞台のサスペンス。
クラシカルな暗号の解読。
戦後日本と警察組織の影と闇。
二組の親子の確執(甲斐家と橘家)。
普通、これほどの要素をごった煮にすると物語の収拾がつかなくなるのですが、不思議なくらいに綺麗にまとまっていました。これは監督の和泉聖治、脚本の太田愛という、ほぼ鉄板が約束されたスタッフ構成にもよるのでしょうが、もう一つは物語の主題も鉄板ネタであったことが大きな要因と思われます。即ち、
宝探し&復讐
です。宝探しはまだ見ぬ何かを手に入れようとすること。復讐は喪った何かを取り戻そうとすること。世界中の全ての物語は煎じ詰めれば、この二種類に大別されるといわれています。今回の物語は国枝文書や一族の秘密の在り処、犯罪の真相を突きとめようとする公安部&二百郷茜&特命係。そして、嘗ての財産を取り戻そうとする旧華族の末裔。まさに宝探しと復讐ですね。物語の主題と各々の動機がハッキリと設定されていたことが、ストーリーにブレが生じるのを防いだのでしょう。
敢えて、もう一つだけ苦言を呈するとすれば、カイトの出番&活躍が少なかったことかなぁ。もう少し早い段階で出店の暗躍&パイトパパの存在をプッシュすれば、この親子の確執をネタに更に重厚なストーリーになったんじゃないかと思います。今回のカイトの一番の見せ場は、
杉下右京「ゴチになります!」
二百郷茜「ゴチになります!」
甲斐享「えっ」
でしたしね。杉下も上司なら奢ったれよ。
残りは雑感。
・華族少女リリカル瑠璃子&朋子
まるで少女文学の世界から飛び出してきたかのような御令嬢二人。あのリリカルな雰囲気は現代設定では出せないわなぁ。『魍魎の匣』に出てきた二人の少女を思い出しました。それぞれの少女が現実に直面することで何かが変わってしまうのも少女文学っぽい。特に瑠璃子の最期。あれは自殺だよね。自分が施す側から施される側に回るのは耐えられない。でも、心に汚れを抱えて生きることはもっと耐えられない。そうした如何にも少女らしい潔癖過ぎる心が招いた悲劇だと思います。一方の朋子も親友の捜索という純粋な動機、しかし、不用意な行動の結果、両親とホテルを喪うという結末。この残酷さも少女文学の雰囲気満載。
・電王の姉
大石真弓「純然たる私物じゃないですか! そんなもんを職場宛に送らないで下さい!」
米沢守「おっかないですなぁ」
甲斐享「昔っからです」
いや、昔は天然&ホワホワ&癒し系でした。柔道三段の婦警、大石真弓を演じたのは愛理姉さん。意外過ぎる。序盤のみの登場かと思いきや、中盤では公安の『出店』相手に大善戦。でも、これで事実上、出世の方途は絶たれたよね。カイト、責任取ってやれよ。
・甲斐峯秋の暗躍
甲斐峯秋「誰よりも早く見つけて、確実に処分する……それしかあるまい」ニヤリ
今回も裏で糸を牽いていたのはカイトパパ。しかも、息子に杉下に先んじて国枝文書の処分を命じるとか……杉下の才能を惜しんでのことですが、ああいうジョーカーのような存在は敵に回るより先に処分する決断も必要だと思うぞ。初回の好々爺……とはいかないまでも、穏健派っぽい印象が遠ざかっていきます。これは親子の和解ではなく、息子が親父を超克する展開になるのかもですね。その場合、杉下が如何なるポジションで両者の対決に関わるのか。傍観はないでしょうが、カイトも杉下のフォローつきでは自力で親父に勝ったとはいえないでしょうし、どの程度、対決に絡ませるかの塩梅が肝。
・タカラノアリカ
完全に黴びてしまっていた重要文書。ま、まぁ、宝探しの結末は往々にしてそのようなものです。大事なのは、そこに至るまでに誰と何を見て如何に考えたかです。その過程こそが宝。でも、あの黴具合であれば、現代科学でどうにかなるんじゃないのかなぁ。炭化した書類からでも内容が復元できる時代ですからねぇ。
一方、自分の先祖が『泥棒』ではないことを証明できた二百郷茜。ある意味、それよりも辛い事実が隠されていたのですが、それはそれ。兎も角、彼女の宝は見つかった。
二百郷茜「本当のことが判って、初めて前を見て進める気がします。お二人が動かして下さった。時間のとまった御茶会は御終いです」
これでサブタイの『アリス』の意味を回収。うまいオチでした。少女文学とか『アリス』が好きな方であれば、私の何倍も楽しめたんじゃないかと思います。羨ましい。余談ですが、この辺の流れは『Q・E・D』の『六部の宝』に登場する女当主に似ています。興味を抱かれた方は是非、御一読下さい。
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