理想の最終回 | ~ Literacy Bar ~

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ここはイマイチ社会性のない自称・のんぽりマスターの管理人が、
時事、徒然、歴史、ドラマ、アニメ、映画、小説、漫画の感想などをスナック感覚の気軽さで書き綴るブログです。
※基本、ネタバレ有となっていますので、ご注意下さい。

まず、連絡事項から入ります。

次回、7月10日放送分の『江~姫たちの戦国~』の感想記事は諸事情により、月曜日にズレ込みます。基本、このブログではBSプレミアムの放送を見て感想を書いていますので、地上波よりも早く記事がUPされるのが常ですが、今度の日曜日は更新されません。予め、御了承下さい。

勿論、感想は翌日以降に書くつもりです。

しかし、不安もあります。

『江』の視聴や感想記事の継続を断念された皆さんの多くが、本放送を見そびれたために緊張の糸がプッツリと切れてしまった、と仰っているのを幾度も耳にしました。あまりにもひどい作品ですから、視聴のために犠牲にする時間枠を定めておかないと生活のリズム、というよりも、生命のバイオリズムが崩壊してしまうのでしょう。私も充分に気をつけたいと思います。


さて、連絡事項だけでは何ですので、大河ドラマについても触れようと思います。

先回の放送で宗匠の屋敷を囲む上杉軍の中から何の脈絡もなく、愛の兜の人が登場しました。しかも、何をするわけでもなく、GOとエグ猿を宗匠に会わせるためだけの存在でした。そんなん、おかしいやん。折角、GOが炭売りに変装して潜入するんだから、正体がバレるかバレないかで視聴者をハラハラさせるとか、逆にエグ猿に堂々と押し通らせることで、GOがデレる契機にするとか、色々とやりようのある場面じゃん。それを愛の兜の人の一声で簡単に通過させるなんて、何のメリハリもない。しかも、あれのせいで一昨年の暗黒大河ドラマ『天地人』を思い出してしまいました。毎度のことながら、ここのスタッフはロクなことをしませんね。

『天地人』もそりゃあ、ひどい作品でした。

先に御家騒動を仕掛けても主人公だから正義。敵将を賄賂で買収しても主人公だから正義。味方が自害している最中に嫁と乳繰りあっていても主人公だから正義。主人公に敵対する勢力は全てが悪。それも、単なる小悪党。史実の捏造改竄は日常茶飯事。そのくせ、魅力のある虚像をつくるわけでもない。便所の塵紙を思わせる薄っぺらいキャラクターがカキワリのように描かれるだけ。新発田重家の乱や慶長出羽合戦といった、曹操の人生でいえば官渡の戦いや赤壁の戦いにあたるバトルを完全スルーなど、欠点を数えあげればきりがありません。一番ひどかったのは、五大老五奉行の制定や千姫救出といった他の人物の業績が主人公の功績にされていたことです。本来は他人のものである手柄の全てを主人公が成し遂げたかのように描き、それで他の登場人物が主人公をマンセーする。暗黒大河ドラマ『天地人』は他人の功績を横取りした主人公が持て囃される作品でした。

それでは、今年の桃色大河ドラマ『江』はどうでしょうか。

基本、これまでの『江』では主人公が他人の手柄を横取りする描写はされていません。しかし、ゆえに『天地人』よりもマシかといわれれば、答えは絶対にNoです。『江』の主人公……面倒くさいから、いつも通りにGOと呼びますが、GOは何もしていないにも拘わらず、周りからマンセーされているのです。


何もしていないのに信長から思うが侭に生きよといわれる。

何もしていないのに光秀に上から目線で説教を垂れる。

何もしていないのに秀吉に非礼を働いても許される。

何もしていないのに家康から面白い女子と厚遇される。

何もしていないのに宗匠から天下の大事を託される。


こんな主人公は大河史上、空前です(絶後といわないのは、この先も同様の作品が放送されないと断言できないからです)。そのくせ、何故、GOがあんなに特別扱いされるのかが全く描かれていないから、GOだけでなく、GOをマンセーする他の登場人物も気色悪く見える。権威や実力を伴わない人間が偉ぶること、そして、周囲がそれをヨイショすることほど不愉快なものはありませんからね。


他人の功績を横取りして己を偉く見せる暗黒大河ドラマ『天地人』。

何の功績もないのに思うが侭に威張り散らす桃色大河ドラマ『江』。


どちらがひどいということではありません。まさに最低の大河ドラマ最悪の大河ドラマと呼ぶべきでしょう。しかし、小松江里子は兎も角、たぶちんは(ゴーストライター疑惑が囁かれているとはいえ)『篤姫』でメガヒットを飛ばした脚本家です。まさか、こんな話を本気で描いているとは思えません。本気だとしたら、それは完全にプロ失格です。ひょっとしたら、これまでのGOの傍若無人な振る舞いは最終回のどんでん返しのための布石ではないでしょうか? GOは物語の序盤に、


オッチョ「そちが男であれば、立派な武将になっていたであろう」

オッチョ「そちは宝をもっている。もって生まれし、その心根じゃ」

オッチョ「GOよ、己の思うが侭、存分に生きよ!」


と伯父から諭されています(ホントに男だったら、武将になるよりも早く串刺しにされた筈なんですがね)が、己の思うが侭に存分に生きられる人間など、そうそういる筈がありません。それゆえ、これまでの不愉快な筋書きは全部、視聴者を誤導するフェイクなのかも知れない。そこから逆算した私の理想の最終回はこうです。


亡霊御市「オッチョから貰った傾奇御免状を胸に、GOは己の信じる道に従い、思うが侭に生きてきました。しかし、舅の狸と夫のゲゲゲに姉のCHA-CHAを攻め滅ぼされ、娘の千姫には自分と同じ落城の憂き目を味あわせ、寵愛する次男の忠長は後継者争いから脱落し、結局は我侭に生きたツケが回ってきました。炎に包まれる大阪城を眺めながら、GOは漸く悟ったのでございます」


GO「伯父上は己の信じる道に従い、思うが侭に生きよといわれたが、余程の器量がなければ、そんな生き方で幸せになれる筈がないんだ! そもそも、伯父上も朝倉に頭を下げ、武田に頭を下げ、上杉に頭を下げ、全然、思うが侭に生きていなかった! そんな伯父上の薄っぺらい戯言を真に受けたために、私は嫌いな戦から目を背けて姉上を死なせ、千を不幸にし、好きな忠長を溺愛するあまり、長幼の序を蔑にして跡目争いをひき起こしてしまった! 『思うが侭に生きる』『好き嫌いが全て』などという考えは所詮、幻だったのじゃ! 私の人生は間違っていた!」


そして、焼け落ちた大阪城から発見されたCHA-CHAの亡骸を抱きしめながら、


GO「殺した……殺してしもうた……姉上を殺した―――ッ! 父上……母上……姉上……姉上―――ッ!」


と絶叫するGO。その傍らに何故か涙ぐむ大地康雄の姿……。そんな、


大河ドラマ『太平記』


のように主人公が最終回で己の人生を全否定するようなラストだったら、私は『江~姫たちの戦国~』を神大河と絶賛してやってもいい……というか、そう思わなければ、やってられんわ。

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