大河ドラマや『烏は主を選ばない』の放送日程にも大きな影響を与えるオリンピック&パラリンピックですが、その開催を前に本作が放送されたのは非常に意義深いことであったと思います。国際大会への侵略国選手の参加を条件付きで認める決定を知らされた時の、被侵略国選手&コーチ陣の顔色がサァッと変わる瞬間は何とも傷ましいものがありました。将来的に有り得るとされる侵略由来のパラリンピアンの話などは、この過酷な現実を前に『スポーツは国際平和に貢献出来る』などという物言いは所詮、非当事者の自己満足とオタメゴカシの建前に過ぎないのではないかとの暗澹たる気持ちになりましたが、さりとて、その建前を取っ払ってしまうと人類社会には深く冷たい闇しか残らないのではないかとの思いもあり、番組を見ている間、ずっと我らがジゴロー・カノーだったら果たしてどうしたかなと考え込んでしまいました。現実を受け入れるか。理想に殉じるか。はたまた誰もが思いつかない極論で皆を煙に巻くか。個人的にオリンピックは様々な矛盾や問題を孕みつつも人類の大半が共有可能な一大フィクションとしての価値を認めざるを得ないとはいえ、その存在を問い直す契機になる番組でした。一先ず、今年のベスト10の最有力候補。これをオリンピック開会式の直前に再放送してくれたらNHKの本気を認めてもいい。
さて、今週の更新は大掛かりな番宣を組んだ割にはストーリーに大きな動きがなかった越前編と異なり、前回&今回と善かれ悪しかれ怒涛の展開となった『光る君へ』の寸感と、華流ドラマの感想の二本立てでお送りします。
まひろ「よく気の回るこの人が気づいていない筈がない。気づいていて敢えて黙っている夫に『この子は貴方の子ではない』と言うのは無礼過ぎる。さりとてこのまま黙っているのも更に罪深い」
都知事選による一週間お預け刑で溜まっていた勢いのまま焼けぼっくいにチャッカマンとなり、ついでにオメデタポンポコリンとなったまひろ。流石に罪悪感があったのか、別れましょう私から&消えましょう貴方からと大黒摩季的申し出で自ら離縁を切り出したものの、宣孝の『え? 俺は全然気にしないけど?』という器のデカさ……というよりも特殊性癖で事なきを得ました。やはりNTR……NTRは全ての性癖を超越する……が、真面目な話、これ、ホンマにアリなのか? いや、いとの『黙ったままでイケるところまで行け』というゲス托卵のススメを退けたのはよいとして、これは主人公に源氏物語オマージュをさせたい&でも、主人公の評判を落としたくないから夫公認の托卵にしたいという製作者サイドの御都合主義を宣孝の特殊性癖で片づけただけじゃあないのか? ぶっちゃけ、このエピソードは創作ベースだからギリギリ宣孝に勘づかれない妊娠時期に設定することも出来た訳で、まひろも『何とか騙せるやろ』と思い込んでいたところで宣孝が倒れて、夫の今わの際で『実は知っていたけど、ワイは気にせんかったで……ガクッ』と言い残されたほうがまひろの罪悪感が際立つと思うんですよねぇ。
ナレーション「一条天皇は一帝二后を承諾した。前代未聞の、この宣旨を聞いて反発する公卿はいなかった。『あの』ご意見番の実資さえ異を唱えなかったのである」
『あの』というオーベルシュタインみたいな言い方をされる黒光る君こと我らが実資。視聴者的には『あの実資が反対しなかったんだ! スゲェ!』と思えてしまうところが、本作の長所と言えるかも知れませんが、逆に言うと、
実資フィルターを通さないと道長による一帝二后が如何ほどの偉業であったかが視聴者に伝わらない
ということでもあります。このままだと本作の三郎、マジで実資に存在感を食われたままで終わるぞ。今回、藤原行成が『現在の政治的・儀礼的空白を解消するためにも一帝二后を受け入れるべき』と一条帝を諫めるシーンがあり、あれは本質的には安請け合いの責任を問われるのを恐れた自己保身から発したものとはいえ、言っていることは誠に正論という他なかったのですが、本来、ああいうことを(帝にではなく)視聴者に判るように伝えるのは三郎の役割であり、それをするのがドラマのメインキャラクターではないかと思うのよね。
明子「薬師の話では……」
倫子「薬師の話は今そこで聞きました。うちで御倒れになればいいのに……でも、大丈夫。貴方は死なないわ。私が守るもの。このような御容態では動かしてはよくないと存じます。どうぞ『我が夫』をこちらで看病願いますね」
明子「……承知致しました」
瀕死の夫の傍でマウントを取り合う倫子さんと明子さん。三郎、実は途中で気づいていたけど、倫子さんと明子さんの喧嘩が怖くて目を開けられなかった説、一理あると思います。或いは両名のマウント合戦が無意識に聞こえていたからこそ、幻想のまひろに逃避したのかも知れません。そのまひろの幻影が三郎を現世に引き戻したのですから、結果的に倫子さん明子さんの喧嘩は三郎のためになったと評してよいと思います。思えない? 尤も、意識を取り戻してみれば、家人全員に『うちの旦那さん、コレ(小指)の家で倒れたらしいのよ』と知れ渡っている訳で、三郎が自宅で出迎えられた際のバツの悪そうな表情は、その辺の気恥ずかしさがあるのではないかと邪推してしまいますし、更に嫁と嫁が一触即発のマウント合戦を繰り広げるわ、明子さんにはまひろの名を認知されるわと踏んだり蹴ったり。これ、将来的には明子さんの口からまひろの存在が倫子さんに伝わるかと思うと、三郎的にはここで黄泉路に旅立っていたほうがマシであったと後悔の臍を噛む日が来るかも知れません。視聴者的にはゾクゾクしますけれども。いずれにせよ、倫子VS明子の戦いは面白かったなぁ。本作って全方位にチビチビと創作のリソースを費やしている分、突き抜けた面白味に欠け、それが物語の全体像や方向性を不鮮明にしているキライがありますが、今回のマウント合戦はヒリヒリしたわ。月9風でもメロドラマ風でもいいから、ズバーンとやって欲しいのよね。そういや、今回は久しぶりのモブ女官の囀りによる状況説明パートもありましたな。あれも総じて説明不足&あとになってボンヤリと全体像が見える程度の慎み深い本作の構造を、判りやすく視聴者に伝える格好のツールなので、今からでも多用して欲しい。
次はこれ。
先日、BSでの放送を終えた華流ドラマ。ロケ、CG、VFXを駆使したド迫力の合戦シーン、故事を踏まえた格調高い台詞や会話、相手の身分に応じた折り目正しい挙措と儀礼の使い分け、etc.etc.全45話という大河ドラマに匹敵する尺を、しかし、毎週4話で視聴するのが全く苦にならない充実した内容でした。『日本の大河ドラマもこれくらいのスケールでやれよ』と言いたくならなくもありませんが、中国の歴史ドラマはどれだけ派手にしてもやり過ぎることはないけど日本の歴史ドラマはちょっとショボいくらいが実は史実に適していることを考えると、単純に比較するのもよくないのかも知れません。ただ、永楽帝の生涯を描くのに洪武帝の崩御が全45話中、33話目というのは流石に遅きに失したと思いました。Wikipediaによると元々の構想は全80話の予定であったそうなので、そのペース配分なら33話目は妥当ですが……永楽帝の生涯のメインイベントともいうべき靖難の役も、前半の北元との合戦には及ばなかったなぁ。本作の靖難の役がそれなりに楽しめたのは、
若き日の永楽帝と鉄鉉が肝胆相照らす仲
という『何を食ったらこんな悪魔みたいな発想が出てくるのか(激賞)』的な設定が大きかったと思う。『あんなに一緒だったのに』というのは万国共通の曇らせシチュエーションなんだなぁ。そういや、降伏を偽った鉄鉉に誘き出された永楽帝(当時は燕王)が、頭上に鉄板を落とされて殺されかけた逸話、幸田露伴や田中芳樹の『運命』を読んでも『鉄板って何?』とピンとこなかったのですが、本作を見て『ああ、落とし格子のことね!』と漸く得心しました。
しかし、最も印象に残ったのは、日本では『運命』の影響で叔父に帝位を簒奪された悲劇の皇帝というポジションで語られがちな建文帝が、本作では積極的に永楽帝を追い詰めるドス黒系ヤングエンペラーとして描かれていたことでしょうか。勿論、永楽帝が主人公である以上、その敵対勢力がワリを食うのはドラマの宿命ではありますが、その辺は斉泰や黄子澄に泥を被せて、建文帝は心ならずも叔父を追い込まざるを得なかったという描き方も出来た筈。実際、田中芳樹版の『運命』ではそのような描かれ方をされており、元祖・幸田露伴版では建文帝以上に彼の師父とも呼ぶべき方孝孺の高潔さに誰が主人公だよってレベルで相当の頁を費やすことで、建文帝サイドの正統性と正当性をアピールしていたのですが、本作の建文帝はシンプルに小悪党で、方孝孺も斉泰や黄子澄と同レベルの雑魚キャラ扱いでした。そういや『大明皇妃』の建文帝も中盤では憑物が落ちたように浄化されていたけど、こちらも初回は小悪党ムーブを晒しとったなぁ。
ただ、これは『日本のイメージと違うからダメ!』という話ではありません。『大明皇妃』でも描かれたように建文帝は生存説が根強く支持されている人物であり、民衆の同情を集めているのは確かだと思いますが、本作では敢えて小悪党的な描かれ方をされたのは永楽帝が主人公のドラマゆえの必然性なのかとか、或いは現代中国の史学的に建文帝はそういう人物と認識されているのかも、とか色々と考える契機になったというだけのことです。本場の歴史像に他国の創作ベースでクレームを入れるほどヤボな話はありませんからね。ちなみに『運命』を書きあげたあとに靖難の役を生き延びた建文帝が晩年に宮廷へ迎えられた逸話は正史ではないことを知った幸田露伴は『正史でも建文帝は生死不明って書かれているじゃねーか! 歴史なんてモンは嘘を束ねて出来あがっているんだよ!』とスガスガシイまでの逆ギレで応じています。そういうとこやぞ。