「県警捜査一課の三崎と申します。こっちは吉川」
刑事はそう言いながら、提示していた警察手帳を胸にポケットにおさめた。
「よろしかったら、署までご同行願えないでしょうか」
「もう30分もしたら来客がありますので同行は無理ですね。ここでお願いします」
那智は刑事の顔も見ず、キイボードを打ち続けていた。相手が警察だというのに、まったく動揺した様子もない。それどころか、奇妙なことを口走る。
「「いや、面白い」
「は?」
「このタイミングで警察とは……。どうぞ、そこへおかけください」
刑事たちは彼のデスクの前にある椅子に腰かけた。
おろおろしている紗与里に、那智はそのとき初めて履歴書を見て、
「ええと、斎木(さいき)さんか。お二人にお茶を出してあげて」と指示した。
「は、はいッ!」
飛び上がるように反応して、紗与里は給湯室へ向かった。
ととと、と柔らかい軽い足音がした。何だろうと思ってみると、給湯室横にある階段を白と黒の長い毛並みをした猫が降りてくる。
うわ、かわいい~~~
目がくるくる真ん丸で、宝石みたいだった。
こんな事態ながら、紗与里は思わず手を伸ばした。
が、猫は手の届く少し前で足を止め、不審そうに紗与里を見た。指先の匂いを嗅ぎ、ふいっと知らん顔するようにすり抜けていく。
ナアォ、と鳴き、那智のデスクの上にひらっと上がった。
そうすると当然、二人の刑事と顔を突きあわせることになる。
沈黙。
と、いきなり、ファーと猫は牙をむき出し、威嚇するような声を発した。
丸めた背と長くて太い尻尾の毛が逆立っている。
刑事が思わず引くほどの迫力だった。
「ベガ、おとなしくしてなさい」と、那智が頭を撫でる。
すると猫は、そのまま見張りをするように、机の上に居座った。
刑事二人と、那智とその飼い猫。
後ろから見ると、異様な光景だった(ちょっと可笑しい)。
「那智さんは金井さんという方をご存知ですか。金井直子さん」
「その前に、これは何の捜査なのか、お伺いしてもよろしいですか」
「殺人事件です」
ひええ~~~
紗与里は本当に恐れおののいた。
殺人事件の捜査員がやってくるような場所に、アルバイトで雇われてしまった……。
大丈夫なのか
と思う一方、好奇心がむくむくと膨らみ、お茶を入れる作業をしながら、耳は外の会話に向かってダンボになっていた。
「で、金井さんから僕のことを聞いてきたということですか」
「そうです」
「ということは、首が見つかったということでしょうか」
「…………」
首 首ってなに なんなの、いったい
「そうなんですよね? だから、刑事さんは僕のところへ来た」
刑事は咳ばらいをした。
「まあ、そういうことです。金井さんはあなたが言われる場所を調べた。そこから本当に頭蓋骨が見つかった」
「二つ?」
「ええ、二つ」
「よかったじゃないですか。事件が起きてからもう十何年も見つからなかった頭部が見つかったんですから」
も、もっと聞きたい はっきり聞きたい
紗与里は急いでお茶を持って出た。
刑事の前にお茶を出すと、自分のデスクに座って硬直したようになり、何もせず耳だけをそばだてた。
「被害者のものと確認されたんですか」
「ええ、まあ」
刑事たちは具合が悪そうだった。自分のペースではなく、なぜか那智のペースで話が進んでいるからだった。
「私たちが確認したいのは、那智さん、あなたがなぜ被害者の首がある場所を知っていたかということです」
「知りませんよ」
畳み掛けようと思っていた三崎は、空けた口から続きがうまく出なくなり、身体を前後に揺らした。へたくそなドライバーがさせる車のノッキングみたいな動きだった。
「いや、知っていたということでしょう。現にそこから首が出たわけですから」
「刑事さんがおっしゃりたいことはおおよそ見当が付きます。誰も見つけられなかった首の場所を僕が言い当てた。つまりその場所を知っている僕が犯人なのではないか? そういうお考えですよね」
はあああ
紗与里は口が半開きになってしまった。
「斎木さん」
「は、はいっ!」
「さっきも言いましたけど、顧客リスト」
「あ、はいっ!」
紗与里は分厚いファイルを手に取った。PCを立ち上げ、エクセルを起動させるが、開いたファイルのデータなど、ろくに眼に入ってこなかった。
那智と刑事たちの会話ばかりが耳から脳に届く。
他の情報は、いっさい、微塵も入る余地がなかった。
「僕は金井さんに依頼され、非業の死を遂げられたご親戚の首の場所を推理したにすぎません。十何年も首だけが見つからないままでは、成仏もできないだろうと、金井さんは言われました」
「推理?」
「推理ですね」
「どうやって? われわれだって、いろいろな可能性を考え、あちこち調べた。問題の場所だって、事件発生後、調べてる」
「じゃ、見落としたんでしょう」
「見落とし?」
「現にそこから首が出たのなら、その当時の捜査が不十分だったか、あるいは首がどこかに隠されていて、警察の捜査が終わってからそこに隠されたか、どっちかです。しかし、犯人が決定的な証拠となる首を、しかも二つもいつまでもどこかに隠し持っていたというよりは、最初からそこへ埋めるか隠すかした。それを見つけられなかっただけだという方が正解じゃないかな」
「だとしても!」
三崎は声を荒らげた。そして、我に返り、咳ばらいをした。
「いや……そうだとしても、おかしいじゃないですか。なぜ、あなたが警察のわれわれよりも、首の場所を正確に推理できたのか」
「占いですよ」
「占い?」
「ええ。ホロスコープ・チャートを見て、そしてタロットカードを引き、結論を下しました」
※この物語はフィクションです。
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