海王星で無になれば part.4 |  ZEPHYR

 ZEPHYR

ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 冬が到来していた。

 孝司は厳しい状況ながら、勤めを続けていた。
 家計のやりくりは、本当の意味でぎりぎりになった。

 休みの日に史也を遊びに連れて行く余裕もない。
 外食など、もってのほかになった。

 孝司はA謹ではかならず自作の弁当を持って行くようにしていた。
 たいていはおにぎりと卵焼きのような簡単なもの、前日の夕飯の残りがあればそれを詰めることもあったが、愛妻弁当を持ってきていると勘違いしている他人には見せられない代物だった。

 休憩中、自動販売機で缶コーヒーやジュースを買うこともなくなった。
 喉が渇けばひたすらにお茶だった。

「今日は冷えますね~」

 バイトの高橋が両手を擦り合わせながら言った。

「そうだな」と、孝司は鼻をすすりながら応えた。
 今朝から体調が悪かった。
 風邪を引いたのかもしれなかった。

「いらっしゃいませ~!」

 流れ込んでくる車を誘導。
 ストップをかける。

 かなり新しい型のスポーツカーだった。

「ハイオク、満タンで」

 対応している高橋の様子を見ながら、孝司は続いて入ってきた車の方へ回った。
 主婦の乗った軽四だった。

「レギュラーを10リッター、お願いします」

「ありがとうございます」

 孝司は給油を始めようとして、ぎょっとなった。
 高橋が持っているノズルが、レギュラーのものだったからだ。

「待て。ばか。ハイオクって言われただろ」と、小声で制止をかける。

「あ、いけね。そうだった」

 車種を見れば、わかるだろ、と思わずにはいられなかった。

 給油中、窓を拭く作業を行う。

 そのときも、隣では罵声が起こった。

「ああ、汚えタオルで拭くんじゃねえよ。せっかくコート剤塗ってるのに、だいなしだろうが!」

 スポーツカーの運転手が大きな声で、窓を拭く高橋をなじった。

 むっとした高橋は、もろ顔に不快感を出し、謝る一言もなく作業を続けた。

 軽四の給油が早くに終わったので、孝司はスポーツカーの方へ行き、「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

「バイトか社員か知らないけどさ、ちゃんと教育しとけよ、ジョーシキだろが」

「はい。本当にすみませんでした。以後、気をつけますので」

 その車が出て行った後、孝司は高橋をつかまえて言った。

「車種や窓の様子を確認して、窓を抜いてよろしいですか、と確認しろって言っただろう」

「ああ、すんません」

「その判別ができないんだったら、これからは毎回、かならず聞け。そのほうが安全だ」

「…………」

「そもそも、レギュラーとハイオクを間違えることがおかしい。クレームになるぞ」

「…………」

「それにお客に謝りもしない。あのな、俺たちがやってるのは客商売なんだよ」

 チッと高橋は舌打ちする。

「なんだ、おまえ、その態度は」

「あんたがいちいち横から見てると思うから、こっちもへんに気ぃ使うんですよ。だから、しなくていいようなミスもしちまうんですよ」

「なにぃ?」

 さすがに頭に血が上った。

 そのとき店内から出てきたバイとの女の子が声をかけなければ、相手の胸ぐらをつかんでいただろう。

「山之上さん、社長からお電話です」

 怒りを静めようと努力しながら、孝司は店内の電話に出た。

「はい、山之上です」

「ああ、山之上君かね。今、忙しいかね」

 社長の溝田は、甲高い声でしゃべる。

「いえ、それほどのことは……」

「これから、ちょっと相談があるんだが、少し時間、いいかね」

「あ、はい。どうしましょう。本社に伺いましょうか」

「いや、今近くに来てるんだ。すぐにそっちへ行くから」

「はい……」

 社長の乗るベンツは、ややあってスタンドに入ってきた。

 小柄だが、エネルギッシュな社長で、S系のこのガソリンスタンド事業を長年、この地元でやって来ている。

「すまんな。ま、かけてくれ」

 休憩室で二人が差し向かいになった。

「ま、単刀直入に言おう。この店舗の売り上げが、ここのところ落ちている。ま、全体で落ちているんだが、ここはとくに顕著だ」

「はい。申し訳ありません」

「いや、まあ、君は店長じゃないから、この話は浜田君としなきゃいけない話なんだが……。こういう厳しいご時世だ。この古いタイプのスタンド経営が、そろそろ改めなきゃいけない時期に来たと思ってる」

「はい……」

「君は、その、もともと整備士としてやっていきたかった男だ。たぶん、ま、これは私の考えだが、不本意ながらこの仕事をやっているんじゃないかって、思ってたんだ」

 冷たいものがはらわたに生じた。

「君、うちでの仕事を続けていく気はあるのかね」


この物語はフィクションです。