「由加の鬼退治伝説」
「過去の伝説を背景にしながら、私たちたちが未来へ訴えかけられるメッセージを持った物語」
「記紀に『吉備の児島』と記されているように、本来は島であった児島」
「近代になるまで海上交通の要衝だった」
「江戸時代頃になって本州とつながった」
「繊維、ジーンズの町、児島」
「瀬戸大橋も最初に四国とつながれた」
こういったことがぐるぐる頭を回っていたのは、そう長い時間ではありませんでした。
ふと繊維、布とは何なのか、ということを考えたときに、
「縦糸と横糸がクロスして作られているのが布、生地だ」
それが本来島であり、瀬戸内海の東西南北をつないでいた児島と、ぴたりと頭の中でシンクロしたのです。
つながれること。
瀬戸大橋もそうだが、児島はいろんなところとつながる歴史を持っている。
人と人。
そのつながり。
絆。
今の時代にもっとも大切なのは、それ。
いや、いつでもそうだった。
きちんと絆を結び合えば、強い人間関係の中で、人は安心して生きていける。
それが失われてしまっているのが現代。
だから、つながること、結び合うことこそが、この児島を舞台にしたミュージカルのテーマとしてふさわしい。
ジーンズの生地のように強く、人と人が結ばれる土地。
実際に児島に住む人々が特別にそのような気風を持っているのかと問われたら、やはり疑問も生じてくる。
児島も現代の文明に毒され、乾いた考えや人間関係が、普通に浸透している、一つの地方の町に過ぎない。
しかし、繊維工業という仕事の特質と必要から、今でも人と人は密接なつながりを維持し続けているようにも思える。
少なくとも、他の町よりはそれが緊密に思える。
ましてや大都会の空疎な人間関係とは、比較にならない。
毎年秋、児島の町では鴻八幡(こうはちまん)に各地区の神社から、だんじりや山車が集合を遂げる大きな祭りが行われる。
人はそこへ集まる。
そんなこともイメージの中に手伝って、私の中でカチリとすべてがはめ込まれるように、パーツが整合性を保って一つの画になった。
こういう地元の情報を集めて物語を作るという作業は、やはりミステリー・イベントの原作制作で必要とされるもので、私はこれに慣れていました。
だからこそ、短期間でプロットは出来上がった。
ここまで来れば、できたようなもの。
なぜか、そのときにそう思いました。
2月。
再び実行委員会を訪れたときには、物語の基本的な骨組みと、ざっくりとした登場人物のイメージまで出来上がっていました。
「ありふれて聞こえるかもしれませんが、テーマは人と人の『つながり』『絆』の大切さです」
「児島は過去、本当に島でした。海上交通の非常に重要なポイントとして、東西をつないでいた」
「江戸時代になり高梁川の沖積作用や干拓によって本州とつながった」
「近代には瀬戸大橋で四国とつながった」
「繊維の生地は縦糸と横糸。
これが結び合うことで布になります。
児島を支える産業も、こうした結び合うものでできている」
私は自分で児島の歴史についてレクチュアし、古代の児島の図なども用意していました。
出席していた地元の方でさえ、児島が島であったという事実を初めて知った方も多かったようです。
その上で、
「由加の鬼は退治された後、七十五匹の狐に分かれて世の中に尽くしたという伝説があります。
この物語は、その中の『最後の五匹』のお話としたい。
なぜ、最後の五匹なのか?
狐の魂は人と一体化して、マザー・テレサやガンジーのように世の中のため、人のために尽くしてきたという設定を取ります。
しかし、近未来に世の中のが荒廃し、狐の魂が一体化できる人間が少なくなってしまい、もはや最後の五匹を残すのみとなる。
そして、七十匹はどうなっているか?
当然、もともとの鬼、阿久良王として復活を遂げようとする。
この世を滅ぼすために。
それを阻止するために、最後の五匹が世界から集まってくる。
それぞれの思いや体験を背負って集結する。里見八犬伝のように。
そして、この鬼と戦う。
人の絆、つながりこそがこの世を救うというメッセージを、この作品に込めて。
これこそが、児島を舞台にして発信できるテーマです」
といった解説を行い、このプロットへの是非を問いました。
「いかがでしょうか?」と。
実行委員会は満場一致の拍手で応えてくれました。
この承認を受けて、私は脚本の執筆に取りかかりました。
といっても、この『脚本』という部分がすでに問題でした。
ストーリーならすらすら書いてみせる。
しかし、脚本という体裁で書かないといけない。
これが想像した以上に苦労しました。
探せばどこかに良いシナリオ・ソフトなどもあったのでしょうが、なかなかいいのが見つからないまま、私は一太郎やワードでこの作業を行いました。
しかし、なんとか合理的なやり方を見つけて、自分なりに書き進めていきました。
が。
思わぬアクシデントが起きてしまったのです。
それも二度も。