老占星術師の小屋は、近隣ではもっとも中心的な街の繁華街に近いところにある。
そのため駐車場は完備しておらず、電車やバスだと便利だが、車だとどこかのパーキングを利用するしかなかった。
育美は前回と同じように少し離れているが、料金の安い駐車場に車を駐めた。
さすがに外気は冷たいが、雨は止んでいた。
もう空には、晴れ間も覗いていて、傘の必要はなさそうだった。
車のドアをロックし、歩き出そうとしたそのとき。
驚いて足を止め、反射的に車の陰に隠れた。
建彦がいたのだ。
しかも、なにか見るからにヤクザと分かるような男二人と歩いている。
粗暴者特有の雰囲気を周囲にまき散らし、他の通行者を威圧するようである。
三人の男たちはなにか話をしていて笑っていたが、建彦はなんとなく低姿勢というのか、へつらうような態度が伺えた。
≪やっぱり、あの噂は本当だったんだ≫
建彦がヤクザ者と付き合いがあるという噂である。
教えてくれたのは、建彦が以前勤めていた会社の人間で、近隣ではよく知られた暴力団関係者の家に出入りするところを見た、という話だった。
絶対に子供たちを取り返そう。
育美はあらためて決意を固めた。
そして、老占星術師の元へ向かった。
到着すると、ちょうど二人の若い娘が出てくるところだった。
「スッゲーよね、あの人」「鳥肌立ったよね、あの一言」などと言いながら去っていく。
ドアをノックし、「どうぞ」と言われ、中へ入る。
「やあ、育美さん。お待ちしていました」
老占星術師は前と変わらぬ調子だった。
「今日もお願いします」
育美は再び、占星術師と向かい合った。
「いかがですか、その後」
彼はパソコンを操作し、またホロスコープを表示させているようだった。
「はい。子供を取り返すために努力しています」
「ほう。それは素晴らしい」
老人の顔に笑みが浮かんだ。その表情に、ほっとさせられる。
「でも、現状はとても厳しいです」
育美は現状を説明した。建彦や子供との間に、最近どのようなやりとりがあったか、家庭裁判所に調停を依頼していることなど。
「つい、さっき、たまたまなんですが、元旦那をそこで見かけたんです。
ヤクザと一緒でした。そういう噂は聞いていたんですが、最近、生活が荒れる一方みたいです」
「なるほど」
「子供を取り返さなきゃと思うのですが、それができるとは思えません。
あの人は子供を絶対に手放さないからです」
老人は頷いた。
「どうしたら子供を取り返せるでしょうか。そんなことって、分かりますか?」
愚問だった。
現実的には今、育美がやっていることを続けるしかないのだ。
「育美さん、あなたのなさっていることはまったく正しいし、それで良いと思います」
老人は優しく言った。
「しかし、それだけではまだ不十分なところがあるように思います」
「不十分?」
「土星の強いあなたは、非常に堅いやり方で元ご主人と相対してこられた。
夫婦関係だったときも、今も。
土星には『規制』とか『規律』とかいう意味もあり、まるであなたは手厳しい学級委員長みたいなものです」
意外なことを言われ、しかし、育美は吹き出した。
「こうでなくてはいけない。こうしないとおかしい。
いつもそんな考えで、人に押しつけてはいませんか?」
「たしかに……そうかもしれません」
認めざるを得なかった。
職場でも育美は厳しい女性として知られているが、それは曲がったことが嫌いな性格ゆえだった。
「ところで、あなたはなぜご主人が……」
「元・主人です」
「……失礼。元ご主人がなぜ、子供たちを手放さないのか、あなたは分かりますか?」
「え……」
まったく想像したこともない質問だった。
たしかに建彦は子供に執着している。
しかし、それがなぜなのかというようなことは考えたこともなかった。
「これをご覧ください。
前回は時間がなくてご説明できませんでしたが、元ご主人のホロスコープです」
老人はノートパソコンの画面を横向きにした。
前と同じように育美は見やすい位置に椅子を動かした。
「そして、これがあなたの」
老人はマウスを操作して、二つのホロスコープを並べて表示した。
「なにか気づきませんか?」
と言われても、すぐにはピンと来なかった。
「……あ、もしかして」
「分かりましたか」
「この人も星がかなり偏っていますよね。あたしと同じように。
そして、土星が離れた場所にある」
「正解。素晴らしい」
老人は満足げに、うんうんと頷いた。
「彼の場合は、土星以外にも火星が離れた場所にあり、おそらくこの土星と火星が彼の目立った行動やコンディションになっていると思われます」
「土星と火星」
「火星は攻撃的、男性的な星です。
この火星がヤクザ的な言動や暴力行為の源になっているものです」
≪そうなんだ! ここまで星には出るものなんだ≫
育美は心底驚いた。
「いいですか。
これから申し上げることは私がこのチャートを解読して受ける印象で、推定でしかありません。
もし間違っていそうだったら、そのように仰ってください」
「は、はい」
「最初に結論を申し上げます。
彼はね……
寂しいのです」
この物語はフィクションです。
ポチッとしていただけると、嬉しいデス。
↓
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

FC2 Blog Ranking
