「では、『愛』と『愛情』の違いはなんでしょう」
というものでした。
これ、とっても微妙な話です。
とりあえず広辞苑(第五版)から引用してみましょうか?
あい【愛】
親兄弟のいつくしみ合う心。広く、人間や生物への思いやり。万葉集五「―は子に過ぎたりといふこと無し」。「愛情・博愛・人類愛」
男女間の、相手を慕う情。恋。「恋愛・求愛」
かわいがること。大切にすること。伽、七草草子「己より幼きをばいとほしみ、―をなし」。「愛護・寵愛」
このむこと。めでること。醒睡笑「慈照院殿、―に思し召さるる壺あり」。「愛好・愛唱」
愛敬あいきよう。愛想あいそ。好色二代男「まねけばうなづく、笑へば―をなし」
おしむこと。「愛惜・割愛」
〔仏〕愛欲。愛着あいじやく。渇愛。強い欲望。十二因縁では第八支に位置づけられ、迷いの根源として否定的にみられる。今昔物語集二「その形、端正なるを見て、忽ちに―の心をおこして妻めとせんと思ひて」
キリスト教で、神が、自らを犠牲にして、人間をあまねく限りなくいつくしむこと。→アガペー。
あい‐じょう【愛情】
相手にそそぐ愛の気持。深く愛するあたたかな心。「親の―」「―をそそぐ」
異性を恋い慕う感情。「―を抱く」
とあります。
さっすが、広辞苑ですなあ。
良く読めば、これだけで愛と愛情の違いが伝わってきます。
広辞苑をあらためて引く前に、私はこう考え、答えました。
「愛」はただあるもの。
「愛情」はその愛が個人的なフィルターを通って発露するもの。
「愛」はみな同じように抱けるはず。
誰かに幸せになってほしいとか、子供を慈しむ心とか。
もうそれだけで愛。
愛情は愛を抱いた人が、誰かを対象にそれを向けるものだと思う。
愛は普遍的で、愛情は個人的な感じがする。
おおむねこの解釈は、結果的に広辞苑で裏付けてもらった気がします。
広辞苑の愛の定義には、さまざまな愛の形態がほぼ網羅されていて、愛には多様なあり方があることが示唆され、しかもキリスト教の神の愛、アガペーのことにも触れています。
それに対して、「愛情」は
相手にそそぐ愛の気持。深く愛するあたたかな心。
異性を恋い慕う感情。
といった形で、はっきりとした対象の存在と、それに愛情を注ぐ個人というものが設定されています。
もちろん「愛」の項目にも、
①親兄弟のいつくしみ合う心。広く、人間や生物への思いやり。
②男女間の、相手を慕う情。恋。
といった形で対象はありますが、①ではもう少し広い意味合いが設定されています。
博愛や人類愛も。
②の男女観の相手を慕う情、恋というのは、愛という定義の広い意味合いの中で、「これも愛の一つなんだよ」という表現ですね。
つまり「愛」という広い定義の中に、「愛情」「恋」すら含まれる。
でも「愛情」は「あたたかな心」というような表現がとられているように、愛がはっきりと個人的に変換されている様子が伺えます。
つまり、これは「愛」+「情」という解釈です。
情とは、「なさけ」のことです。
情についても広辞苑で調べてみましょうか?
じょう【情】
物事に感じて起る心の動き。「山は静にして性をやしなひ、水はうごいて―を慰す」(芭蕉俳文)
主観的な意識。きもち。こころ。「懐旧の―」「情緒・情熱・感情・知情意」
思いやりの心。なさけ。「―が厚い」「―にほだされる」「同情・薄情・人情」
異性を慕う気持。「―を交わす」「情事・情婦」
意地。「強情ごうじよう」
ありさま。ようす。「情況・事情」
おもむき。あじわい。「情趣・旅情・風情ふぜい」
とあります。
ここには、はっきりと「心の動き」「思いやりの心」といったことが記されています。
つまり「愛」単独だと、愛というありようそのもののほか、誰かに対する愛情表現、行為をも意味する。
「愛情」になると、その愛を誰かに対してそそぐほか、情の意味合いの「思いやり」といった意味合いが加味され、ただの愛ではなく、より人間的でウエットなものへと変質しているように思えます。
これは極端な対比でいえば、ストーカー的な偏執さえも「おれはおまえを愛しているんだ」と言えば、「愛」の最も広い定義の中には含まれますが、人間的な思いやりや優しさみたいなものを含んだ「愛情」ではないことになってきます。
また興味深いことに「情」の中には、「異性を慕う気持ち」という意味もあり、「男女間の、相手を慕う情。恋」という「愛」の広い定義の中には、すでに「情」さえも含まれていることになります。
愛はきっと宇宙のように、ホロスコープの星々のように多様なあり方をする。
愛情はその中でも、個人の「思いやり」によって「あたたか」に変換された、きわめて人間らしい感情だということができるでしょうか?
とまあ、このような結論。
べつに私は広辞苑を引っ張り出して、愛の論証や定義づけをしたかったわけではありません。
むしろ逆です。
広辞苑を作成するほどの方々は、言葉の意味を歴史的にも実用的にも理解しておられ、その意味合いをやはりうまく表現しているだろうと思ったまでです。
そこから私たちが、認識をあらたにできることもあるかな?
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