晩花――演劇工舎「ゆめ」 |  ZEPHYR

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娘1が所属する演劇工舎「ゆめ」によるユニット公演。
昨日はそれを妻と息子と三人で見に行きました。
三連休の土曜日。
絶対に見られないと思っていたのですが、ホテルの常勤を外れたことが幸いし、観劇できました。
娘1にとってはおそらく、「ゆめ」に所属しての最初で最後の役者ステージになると思われるし、見ておきたかったのです。

晩花は源義経に関する後日談。
オリジナルストーリーのようです。
なかなか構成も筋立ても、人物造形についてもよく考えられていて、二時間を超える物語が長くは感じられなかった。
役者も皆、自分の役割を見事にこなしていたよう。

娘1は義経の少年時代、鞍馬山での遮那王の役。
かわいー、という感じ。
しかし、物語全体で見たときには非常に重要な役柄と場面を任されていました。
その時代の義経が、可愛いらければ可愛らしいほど、その後の義経のありようにも、共感が持てるのです。

演劇は、舞台は、ワンシーンワンシーンがつながり合った鎖のように重要。
当たり前のことですが、そのことを強く実感できました。
ミュージカルの脚本にも、昨日の観劇は活かされるでしょう。

「ゆめ」の舞台は、大道具が凝っていて、いつも驚かされます。
今回のようにシーンの相違がある場合でも、一つの舞台装置の中でうまくこなしてしまう。
それぞれが違う場所として記憶に残る。

これはとくに有益な感触でした。
さすがプロだな、と感じます。

ミュージカルのストーリーが、一個の場所でおさまるような話ではないのですが、晩花で見せられたような展開ができれば一番いいし、そのような好例を見せられたことで、見通しとして良いものが得られました。
観劇の意味は大きかった。

夜はホテル勤務だったのですが、帰りの車の中で序幕に続く重要な複数シーンの展開について、明瞭なビジョンが持てました。
当初から構想にあったのですが、具体的にどうすればいいかというところが、はっきり見えていなかった。
それが見えた。
昨日一番の収穫でした。

とりあえず娘1に感謝。
それによく頑張っていたね。

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