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マンガ『百姓貴族』の中で、

 

   オカンが切っても切っても伸びてくるカボチャの蔓を見て

 

   本当に意思がないのかなと、つぶやく一コマがあります。

 

菜食主義者は生命を奪っていないというけれど

 

   意志を持っていそうなカボチャを食べることは生命を奪っています。

 

米もそう。

 

次の世代に命を紡ぐための貴重な種子を戴いているのですから。

 

そういう点では

 

  お釈迦様の説かれた「殺生戒」には不備がある。

 

でも、そのような戒律の曖昧なところが日本人には合っているのだと思います。

 

最近、植物が会話というか交信しているのではないかといわれています。

 

害虫が来たり、ヒトが来て実を収穫したり、植物にとっては痛いことです。

 

 

私が大学生のころ読んだ論文のサマリーですが、

 

  ミミズは痛みを感じるか。

 

詳しい実験プロトコールや方法は忘れましたが

 

  ミミズを痛い目に合わせた場合と痛い目に遭っていない場合で

 

  ミミズの体内のエンドルフィン濃度に有意差が生じた、というものです。

 

最終的にミミズを「安楽死」するためにすりつぶして、検体を採取したそうですが

 

  その直前、痛い目に遭ったか遭わなかったかで差が出たというものでした。

 

植物に動物のエンドルフィンに対応する神経伝達物質が

 

   あるのか無いのか、知りません。

 

何れ解明されると思います。

 

でも、そうなると動物の権利を主張する団体が

 

   植物が苦痛を感じない方法で調理しろとか

 

  言い出す時代が来るのかな。