新撰組で好きな隊士はいる?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

 
新撰組(以下、新選組と)は会津中将京都守護職配下。
 
観る側の立つ位置によって評価が全く違います。
 
このころの会津中将は松平容保公。
 
ググれば写真が出てきます。
 
容保公が内裏に上がると、
 
宮中に勤める女官たちが皆ソワソワしたというのがよくわかります。
 
新選組副長の土方歳三。
 
ググれば写真が出てきます。
 
やはり甘いマスクで女性に人気があったと言うのもわかります。
 
 
歴史の二面性とも言えますが、
 
佐幕派・徳川幕府派からみたら新選組は忠義の護衛武士集団であって
 
火付けや盗賊を働くテロリスト集団は皆、薩摩・長州の藩邸に逃げ込んでいました。
 
藩邸は今で言う在外公館と同じ。
 
薩摩藩・長州藩の大使館でしたから徳川幕府の捜査権は及ばなかった様です。
 
 
逆に薩摩・長州。それだけでなく土佐・肥後からみれば、新選組は自らの配下の武士を狙うテロリスト。
 
どっちも相手をテロリスト集団とみていました。
 
明治維新前後、京都を訪れた外国人が書き残しているものによれば、
 
京都の町並みは新築の建物ばかりで風情がない。
 
対して大坂(大阪)は歴史を感じる古い町並みで風情があると。
 
当時の京都の繁華街はそこここで火付けがあり、新築工事が進んでいたようです。
 
 
多くのテロリスト集団が今でもそうであるように、
 
新選組でも内部の規律維持のために粛清を繰り返していました。
 
そのためもあって好きな隊士というのはいません。