(独立まであと142日)


独立に向けて、日々同じ方向を向いているメンバーはただいま3人です。


そのうちの一人(というかリーダーなんですが)は、以前お話した芸津

そしてもう一人は同じ高専仲間であり、幼馴染の男がいるのです。

仮に彼を”博士”と呼びましょうか。


保育園から同じなので、もう客観的評価が難しいのですが、この人物はある一言で簡単に言い表すことができます。(本人に自覚はないのですが)


”どうやら彼は「天才」らしい。”


という事に気づいたのは、小学生の頃でした。


勉強ができる。とか、そういう表現ではなくて、

「普通にすごい」のがすごかった。

(しかし、そんな天才ぶりも普通と受け取っていた小学生の私も図太くてすごい。)


私は暗記が苦手ですが、博士はおそらく暗記しているという意識すらなかったのではないか?


あなたのクラスにもいたことと思います。

「全然勉強していない」といって、本当に勉強していないのにトップクラスのお方。

勉強していたかもしれないが、私には到底理解できない勉強法を自ら編み出していたお方。


彼は、電気工学科を経て、東京大学へ編入します。


私たちの故郷は、日本有数の僻地なので(芸津はまだましであるが)、それはもう、地域社会における突然変異的存在といってもおかしくはないでしょう。





そんな博士も、社会の波にもまれて疲れているように見えました。

天才を天才らしく活かす場所というのは、なかなかみつからないのかもしれません。


学歴云々よりも知的探究心で突っ走って、この先も突っ走る。


私は、勝手ながら博士はそうなるものだと思っていました。


それで、独立会議に欠かせない人物に今なっています。


芸津とはまた違った意味での天才。


私は2人の天才をパートナーとするのだ。

と、思うことはとても前向きですよね。

(独立まであと143日)


申し訳ありません。28日間の空白...。ブログセオリーではとっくに「打ち切り」扱いでもおかしくない更新頻度ですね。


現在就いております仕事が、私の大半を支配しております。


今日は独立会議の日(第14回)。集結メンバーの仕事の責任は皆重いはずです。

30台を目前にして、私はまだまだひよっこであることを痛感しなければならない。

(むしろ、私は遠回りをしてきたのですから)


私は乗り越えなければなりません。


土砂降りの投票日。

さきほど、某党首が「私はこの国を変えたいんだ!変えさせてください!」と言っておりました某党と、某党の候補者に票を投じてきました。


私は、日本政治オタクです。 朝まで生テレビの私平均視聴率は、過去10年間で90%(ビデオ閲覧含む)というほどに「浅く、興味本位、スポーツ観戦 的な政治好き」です。田原総一郎さんの、話の持って行きかたが好き。という日本政治オタク。


どうして、世のため人のために、あそこまで頑張れるのでしょうか?

名誉や、私利私欲で突き進むのは、私は理解できます。家族、愛する人のために。というのも。


社会や世の中のため。ということに人生を捧げる役目。


ライブドアの堀江さんが、「私は以前は政治に興味がなかったが、今はある」ということを公衆の面前で演説する、その単刀直入さと勇気こそが、堀江社長(利益活動の成功者)たる所以なんでしょう。


私はその高みにまで到達することができるのでしょうか。

会社理念には、社会への奉仕(利益の再分配)が必要でありましょう。

反面、私にとっての利益を貪欲に追求することを否定してしまっては、「私らしくない」気がする。


話のテーマがぼけてしまいました。

テーマは「ぼやき」かな?



でも、企業理念・ミッション。というものは、突き止めると難しいテーマですね。









(独立まであと171日)


毎週日曜日に独立会議。ということをはじめて早11週目に到達しました。


独立会議。

と、呼ぶからにはメンバーがいるのであって、今日はそのメンバーの話。


実を言うと、事の発端(発起人?)は私ではないのです。

私はどちらかというと誘われた方の人間です。


ですが、偶然にも時を同じくして、私は例え独りであっても絶対に自分で事業を起こさなければならないことを決心しておりました。(漠然とですけれど。)

なんでしょうか、一歩を踏み出すことの欲求が急激に高まる時期があるのです。


それは、正直に吐露しますと現状の不満もあるし、

自分の将来の可能性を捨てきれないということもあるし、

それに、今一歩を踏み出して失敗したとしても、たいしたことないじゃないか、と強気になってしまう時がありますし...(その反動がまた大きいのですけれど。)


「俺はまだ飛び込み台にものぼっていないんだ。飛び込んでから自分が泳げるか、思い切り腹を水面にぶつけて溺れるのかも判っていないんだよ。

人生は一回きりなんだから、飛び込まないまま終わるのは嫌だ。」と。

友人の前で、熱弁を振るっていたようです。(おそらく、自分自身に言い聞かせています。)



一週間後、友人から電話で一言。

「昨日、辞めることを伝えてきたよ」...。


おお友よ。私が焚き付けに一役買えたのならば幸せだよ。


彼を仮に「芸津」と呼ぶことにしましょう。

(由来はもちろん、ストレートにビル・ゲイツをもじって。直球すぎるか...)


芸津と私は、高専時代からの仲です。


いまから8年前。

高専4年生となった私は、土木工学科卒として建築業へ就職するか、それとも絵描きとして食べていくのかをやんわりと考え始めていました。

高専(工業高等専門学校)の5年間。私は寮生活をしておりましたが、寮生活での娯楽はもっぱら同じ寮生との「会話」だったのです。

4年目ともなると、会話の内容は熱く、濃く、重たいものになり、将来の不安は皆の格好のテーマになっていたのだと思います。


そんなある日、芸津はいきなり私の部屋を訪れ、近い将来起こりうるIT革命について熱く語ったのを覚えています。(同じ寮生とはいえ、科が違ったのでそんなに面識はありませんでした。)


ちなみに、その頃の私の主な道具は、鉛筆とスケッチブックです。

windowsはおろか、PCで絵を表現するなんて、なんとなくエネルギーが殺がれるものだと決め付け、

「宇宙語を操る奴等のもんだろう?」と思っておりました。


「インターネットというものは、今後どんどん世界に浸透する。

いまは、何もない荒野を開拓するようなもんなんだ。」


「じゃあ、ネット界の不動産屋さんなんかどう?」


お恥ずかしいことですが、堀江社長や藤田社長など、名だたる先輩方はもうすでに実際にビジネスとしてまさに走り出されている時期の話です。


それでも、北海道の原生林生い茂る片田舎の刑務所のような一室の中で、精一杯の「最新未来予想図」を描くことは、かなり刺激的だったのでした。

(電話回線も公衆電話(3台)のみ。そこで、メールをやりとりしていた芸津は、かなりの先駆者だったといえるでしょう。カベの中では...??)


ともかく、芸津はそれ以来、常に私にとっての「IT伝道者」でありました。

私がPCを買う。Photoshopを知る。映像を創る。ネットを繋げる...


彼は情報工学科、まさしくIT界に旅立つことは約束されているような男でした。

私は土木工学科。よくぞ、こんな男を引きずり込んだものです。



そして今、彼は今も尚成長するITベンチャー企業で管理側の立場にあり、

それがつい先日「辞めるよ」と言ったわけです。


私は、「ついていくよ。」「のっかるよ。」という返事はしてはいけないと思いました。

それは、互いに期待している答えではないからです。


「起業するの?だったら俺雇ってよ!」という、周囲からの優しいエール(?)を受ける機会は多いですね。

ありがたいのです。悲観してもらっていないだけでも。

でも本心ではどうでしょうか。


私は「共に苦しみを乗り越えるよ。」という戦友を求めていたのです。


だから、芸津から話を聞いたとき、私は覚悟を決めました。



私は、このブログで一番何を伝えたかったのだろうかというと、いまもって揺れ動く私の気持ちそのものを綴りたいと思いました。

独立についての発端を辿ると、そこにノスタルジックな情景が浮かんできてしまいました。


8年ていろいろあるんですね!

(独立まであと182日)


会社の帰りに本屋に立ち寄ることが多くなりました。

独立を決心してから、お昼休みは「独立心」を維持するために、焚き付けられるような書籍をむさぼるように読んでいます。


多分、ここのカテゴリにおられるブロガーの方々、見にこられる方々もまた然り。でしょう。


中には、「風水△△マーケティング」なんてものもあって、すごすぎて逆に読みたくなっちゃたりして。


今日はなぜか、どれもピンとこないのです。

ちょっとビジネス書に偏りすぎたのでしょうか。基本は濫読・乱読のほうが、脳みそ全体のツボを刺激して健全なのかもしれません。


こういうときは、何も読まない。プログラムのお勉強も、ちと一呼吸。


休息はする。でも情熱は絶えずアイドリングをしておく。

(寝ながら興奮しているようなものかな?)


これができれば、後ろには下がらないでしょう。

今日はこれでお休みです。おやすみなさい。

いけないですね。反省です。

陥りやすい事だと思ってはいるんですが。


「今いる会社を悪く言う」。単刀直入に言えば、今日の私はそうでした。


独立を意識して確信へと変わっていくのと同時に、

今いる職場、明日するであろう職務への愛着を維持するのは難しくなりますね。


そうもいえないほど、いとまのない激務の毎日であればまだ、「没頭」という形でモチベーションを保つことができますね。

今日の自分はいけなかった...。


独立することを明かしている職場の先輩のお誘いに甘んじて、ついつい今の会社についてくだを巻いてしまった。遺憾遺憾。


私も取締役の立場になるわけですから。

やってほしくないことを、自ら体言するようなことをしてはいけないですよね。

辞める意志を共有しているわけではない先輩とっても、楽しいはずはありません。


「やってもらってうれしいことをする。」「してほしいことを提供する。」これは商売の基本なのでしょうし。そちらを向いていかないとね。

「現状の不満」を解決することが、私の使命であることには変わりはないのですし。



最近よく思うこと。

「自分が会社を作っていく。」

私はいままで、会社に合わせて生きてきた。

次は私に合った会社を創るんだ。


横柄にも取れますが、会社を創るということは、まずは自分を創らねば。


今の現状に満足いっていない独立前夜のみなさん。

前向きなエネルギーに変えましょう。


私もがんばります。(大変なんですけど。)


もともと、起業して会社を経営することが将来の夢でありました。

理由はごくごく内向きですが「社会不適合者だから」。というよりかは「会社不適合者だから。」かな?


今も会社不適合者である自信はありますが、表向きには会社人間です。

それも、息子の誕生をきっかけに比較的大きな企業のサラリーマンになろうと、自分から進んで会社人間になりました。


社会に適合できない。という思いは思春期にはじまり。同じく思春期にそれを持ち味に変えようと思い立ちました。

僕にとっての持ち味とは、「絵で食ってく」ということで、それはそれはとても漠然としていて、

リアルに考えれば考えるほど、成功への道筋が遠い世界のように感じました。


その後、Webデザイナーだった期間、イラストレーターが限りなく現実的に思えた期間を経て、

ただいまwebディレクターという肩書きで生きています。


ところが、僕はその生き方になにかのつまづきを感じました。


いつの間にか、仕事をしている自分が自分から離れていくようでした。

職場の自分が自分でないとすれば、いったい誰がそこに存在しているのか。


自分自身が会社になっていく。

そういう生き方をしてみたいと思い始めました。



僕はこの場で、独立を決意した経緯と、独立について日々考えることを書き連ねて行きます。

と、いいつつもブログの類が長続きしたことはないのだけれど...


独立の決意が持続し、達成できるとするならば、おそらくこのブログも続くことでしょう。


僕と同じく、独立を決意された方がフラリと立ち寄り、もういちど一歩を踏み出す力になれればうれしい。

一方で、僕自身が、僕と似た考えを持ち、おなじ方向で歩まれている方を求めています。

孤独ですから。成功するまでは。


今日は、この思いを伝えたいので書いたのです。

それではまた。