西口の杜・中口の杜・サグチの杜
福井県大飯郡おおい町大島(西村地区)
大島半島は陸繋島である。行政区分では福井県おおい町に属するが、青戸大橋がなければ陸から半ば隔絶しているといってよい。いわば、陸の孤島だ。集落は半島の南側、青戸入江に沿って点在し、北側に人は住んでいない。かつての交通は渡船が主であったようで、入江に面して渡船業者が営む釣宿や旅館が数多くある。西村、河村、日角浜、畑村、脇今安、宮留、浦底、南浦と八つの集落があり、人口は700人と少し。ニソの杜はすべての集落にある。いや、あったとした方が正確だろう。33ヶ所が残るといわれるが、いまも祭祀を行っているのは10ヶ所前後とされ、ニソ講はすべて途絶しているという。
おそらく西口の杜だろう。小さな畑の奥に大きな土饅頭のような盛り上がりがあり、そこに樹々が繁茂している。ニソの杜の中の木を伐ることは元来かたく戒められており、祭日以外は人が入ることすら忌み嫌う森である。荒れるのはやむを得ないのだろうが、想像とは異なり、打ち棄てられたなにかを見ているような侘しい気がする。
が、杜の入口から中を窺った時、その印象はガラリと変わった。一気に“あの感覚”が甦ったのだ。生い茂った草叢の中にふたつの祠が並んで立ち、こちらを向いている。背筋がざわっとする。見てはいけないものを見ているような畏れを覚える。その一方で、この世に生まれてくる前の記憶を手繰り寄せているような、どこか懐かしい心持ちになるのだ。ニソの杜の本質を垣間見た気がした。
“あの感覚”とは、沖縄の御嶽体験である。25年前に石垣島で初めて御嶽に触れた時とまったく同じで、そこにカミがいることが身体感覚としてわかるのだ。案内してくれたおばあさんは、何が祀られているのかはよくわからないが、母親から「とにかくきれいに掃除をしておけ」ときつく申し渡されていたと言い、つい先頃も雑草を刈ったのだがすぐに生えてきてしまって困る、と手を焼いている様子だった。ここが西口の杜なら、すぐ近くに中口の杜がある筈。すると「そのあたりにも同じようなのがある」と教えてくれた。
やはり中口の杜は、西口の杜の正に隣にあった。位置関係から見てここしかないだろうと思い、樹々と笹が無造作に繁った小山の周りをうろうろしながら、いろいろな角度から中を覗いてみる。すると、やはりそこには青いトタン屋根の小さな祠が埋もれていた。また、背筋がざわっとする。笹林の中にじっとうずくまり、この集落で起こる一部始終をそっと見守っているように僕には思える。この森は港の前の通りからも見える。
通り沿いに渡船沖釣・高本旅館の看板を掲げる二階屋があり、道を挟んだ向い側に野放図な小さな森。なにも知らなければ人々の日常から置き去りにされた、ただのほったらかしの森で、誰も気にも留めない場所だろう。だが、ここは多くの研究者が古墳の跡と認める地でもあり、そのゆえんが明らかになれば、本来持っている聖性が際立つ筈なのだ。現代人は、鳥居や注連縄など、なにも“しるし”がないところには、聖性などかけらも認めないのである。

続いて、サグチの杜を探す。ここもほど近い筈なのだが、やはり見当がつかない。ただ、この杜に隣接して墓地があるとの情報を得ていたので、ショベルカーを操っていた若い男性に、このあたりに墓地はないかと聞いてみた。だが、ニソの杜はおろか、島外から働きに来ているので付近のことはよく知らないと言う。また細い路地を行く。
すぐに墓石が十基ばかり立ち並ぶ場所があった。そしてその左側、家屋に隣接して小さな祠が雑草に埋もれているのを見つけた。祠の前には堂らしき建物。振り返るとタブノキに結わえられた勧請縄がある。浦底の杜にあったものと同じだ。ここも一見すると打ち棄てられた森のように見えるが、信仰はまだ命脈を保っているのだ。それにしても、サグチの杜の脇に墓があるということは、なにを意味するのだろうか。

もはや、疑うべきではないのかもしれない。ニソの杜は当地を開拓した祖先を祀るといわれる。大島はたいへん古くから人が住んだ場所で、縄文時代早期の遺跡が集中しており、古墳も多い。そしてこれら遺跡と一部のニソの杜の所在は重なっているのだ。生活を共にした血縁集団が、いまある集落の単位で存在し、その中で葬祭が行われていた可能性はあると思われる。だとするならば、ニソの杜が遠祖の葬地であるという推定も成り立つ。祀られた神々に神名はない。ニソの杜は、縄文から弥生時代に集落を率いた祖霊が悠久の時を経て、ゲニウス・ロキ、即ち地霊に転じた聖地なのではないかと僕は思うのだ。
(この項、さらに続く)
参考
「神の森 森の神」岡谷公二著 東京書籍
「森の神の民俗誌」日本民俗資料集成21 谷川健一編 三一書房
「中沢新一×いとうせいこう 大飯原発『神の森』を歩く 」週刊現代 2012年7月14日号 講談社 所収
「ニソの杜と若狭の民俗世界」金田久璋著 岩田書院
「おおい町の歩み」おおい町立資料館
http://townohi-lib.jp/siryo/ayumi/