吾平山上陵(あいらのやまのえのみささぎ/鵜葺草葺不合陵墓参考地):宮崎県日南市宮浦
鵜戸神宮で人気のアトラクションは「運玉」である。本殿前の広場から崖下の海を覗き込むと、そこに亀の形をした巨岩がある。祭神の鵜葺草葺不合命の母、豊玉比売が出産のために海神宮から戻る際に乗ってきた亀に因んで「亀石」と呼ばれている。その背中に当たる部分には桝形の窪みがあり、かつてはここに賽銭を投げ入れて祈願をしたらしい。それが「運玉」に変わったのにはちょっとしたエピソードがある。
現宮司の本部雅弘氏の著書「鵜戸さん」にはこう記されている。「昭和二十九年頃、鵜戸の小学生は決まって月曜日には遅刻をしたそうです。前日の日曜日に参拝者が亀石に投げた賽銭を、月曜日の早朝にそのまわりからそっと拾っていたので学校に遅刻したというのです。そこで、当時の後藤幸平宮司をはじめとして学校関係者が、子どもの健全育成のために智恵を出し合って今の「運玉」を作りました。結果は、子どもがそれを作り、鵜戸神宮に納める。鵜戸神宮は、子どものための学費や、修学旅行の費用等に充てるための補助をするというものでした」
出典:デカケルJP 鵜戸神宮
http://dekakeru.jp/course/view/526
今も鵜戸小学校の生徒は運玉を作っているというが、なかなかよく考えられた仕組みではないか。日頃は、御神籤や御守、御朱印といったものにあまり関心を持たない僕だが、運玉は面白そうなのでやってみることにした。粘土で作られた玉は五個で百円。男性は左手、女性は右手で投げる。風もあってなかなか入らないのだが、最後の一個が首尾よく亀の背の窪みに入った。周囲の方々は拍手喝采。いつもツキの悪い僕にしては珍しい。なにかいいことがあるかもしれないと思いつつ、この場を後にする。
閑話休題。日向への旅の最終地を鵜戸神宮としていたので、宮崎空港からの出発便に間に合わせようとするともうあまり時間はない。波切神社に行くか、鵜葺草葺不合命の陵墓参考地、吾平山上陵に向かうか。案内板を見ると波切神社へは400m、吾平山上陵へは375m。どちらへも同じ位の距離だが駐車場に戻ることを考え、吾平山上陵にする。
吾平山上陵は鵜戸山の頂上にあり、ちょっとした山登りになる。苔生す石段をひたすら登っていく。鬱蒼とした植生は南のそれで、雨の後だからか湿った空気に包まれている。三月半ばだが汗ばむ。熊野の中辺路のどこかを歩いているような気分だ。そろそろかなと独り言ちたところで山頂の小さく開けた場所に出た。
吾平山上陵として宮内庁が治定した場所は鹿児島県鹿屋市吾平町上名にあり、小伊勢とも呼ばれる風光明媚な聖地として夙に知られる。だが、宮内庁がこの地に治定したのは、他の神代三陵に同じく明治七年(1874年)であり、その根拠も日本書紀に「西の洲宮で崩御し、日向の吾平山上陵に葬られた」ということ以上は詳らかにされていない。加えて、延喜式には「日向国にあるが、陵戸(墓守)は置かれてない」とあるのだ。そもそも陵墓に誰が眠っているのかについては、中世以前はほとんど定かではないと考えた方がよいのではないか。というのも、陵墓は、明治維新以降に万世一系を傍証として担保する上で、近世国学者の文献による考証、地域伝承をベースに宮内庁が急いで治定した可能性が高いからだ。天皇陵の見直しは1889年以降ないというが、それもそうだろう。一度治定した場所をあらためるにはそれなりの根拠が必要とされるし、戦前であれば国の威信にも関わることだからだ。被葬者に関しては考古学的に発掘調査を行うのが確実だろうが、宮内庁は原則としてこれを認めていない。2018年10月の仁徳天皇陵の宮内庁・堺市による共同発掘は画期的と云えるだろう。
さて、吾平山上陵を後にして駐車場に急ぐ。来た道をそのまま下まで下ろうかと思ったが、雨がぱらついてきたのでショートカットして本参道から八丁坂を下りることにした。これがいけなかった。土産物屋のおばさんの「雨の後は滑って危ないから新参道を行った方がいい」というアドバイスを軽く見たのだ。
八丁坂入口
出典:鵜戸神宮ホームページ http://www.udojingu.com/keidai/
出典:たびらい宮崎 鵜戸神宮
http://www.tabirai.net/s/sightseeing/tatsujin/0000445.aspx
八丁坂の石段の組成は、砂岩と泥岩であり、水を含むと滑りやすい。折からの小雨に傘をさし、そろそろと石段を下り始めてしばらく。「あっ」と声をあげる間もなく、スリップして尻餅をつく。この時左手で受け身をとったのだが、石段に手の甲を強かに打ちつけ、みるみるうちに紫色に腫れあがった。ツイていたのは、運ではなくて尻と手の甲。しかも左手小指の付け根を骨折、全治三ヶ月という情けないオチとなった。
(2017年3月13日)
参考
「鵜戸さん その信仰と伝承 [増補改訂版]」本部雅裕著 みやざき文庫94 鉱脈社 2017年