こんにちわ。

寺庭のたまごです。

 

涅槃会でさせていただいた法話の内容について。

(こちらの続きですキラキラ


 

そもそも涅槃とは・・・

人類最古の言語の一つであるとされるサンスクリット語で

”ニルヴァーナ”を訳したものです。

原義は吹き消す、

すなわち煩悩の火を吹き消すことです。

 

 

 

吹き消す・・・というエピソードで、

今回は『無門関講話』という本から

第二十八則「久響龍潭(くきょうりゅうたん)」

というお話をご紹介しました。

 

 

簡単にどんなお話かというと、

 

徳山(とくさん)和尚が

龍潭(りゅうたん)和尚を

訪ねた時のことです。

 

 

徳山和尚が夜遅くまで禅について

 

龍潭和尚に教えを請います。

 

 

 

夜も更けたのでそろそろ帰りなさい、と

 

龍潭和尚に言われ、

 

戸を開けると外は真っ暗でした。

 

 

これを使いなさい、と

 

龍潭和尚が灯りを手渡そうとしたその刹那・・・

 

なんと龍潭和尚は

 

その灯りをフッと吹き消すのです。(!)

 

 

そこで徳山和尚は何かを悟りました、

 

というお話です。

 

 

 

さて、徳山和尚は何を悟ったのでしょうか。

これにはたくさんの解釈があります。

 

法話では和尚の考えをお話させていただきました。

 

目の前にさっきまで見えていたものが

灯りを消すことによって見えなくなりました。

 

目の前からなくなったのではなく、

見えなくなったのです。

 

 

-見えないようで ”在る”

”在る” けれど見えない-

 

 

その真理を龍潭和尚は体験として

徳山和尚に伝えたかったのではないでしょうか。

 

 

 

 

徳山和尚が追い求めていたのは

明確なる”悟り”でしたが、

 

悟りというのは

それを追い求めている”姿”そのもの

実は”お悟り”である、と。

 

 

お悟りというものは、

暗闇の中に

”無い”ようで”在る”もの。

 

 

私達はそれぞれの生活の中で、

何がお悟りなのか、

見えないけれどそこにある、

ものの存在を見ようと

しっかりと目を見開いて

模索し続けること。

 

 

 

それこそが、

”お悟り”なのでしょう。

 

 

 

法話では他に、

涅槃図に描かれる川や、

お釈迦様のお母様など登場人物についての絵説き(えとき)を

させていただきました。

 

 

時折笑いがおこったりと

和やかにお話ができました。

ありがとうございました☆