徳島県警刑事部捜査一課による再捜査
遺族による独自調査やテレビ局による調査の結果は、「Mさんは自殺」との阿南署の見解に疑念を生じさせるものだった。
妹は、Mさんを高校時代から知る友人(この人も自衛官)や、広島江田島基地のMさんの同僚たち、借家の大家(が入院中だったのでその娘)、そして最後のデート相手であるY子さんに話を聞いたが、Mさんに自殺する理由があったとは思えなかった。
遺族の結論は「Mさんは複数の人間により殺害された」というものだったが、警察に再捜査を申し入れるには、法の専門家による後ろ盾が必要と思われた。
そこで弁護士を求めていくつかの法律事務所を訪ね歩いたが、この件はそもそも事件化されておらず、相手が警察であるという難しさもあったことから、引き受けを承諾してくれる弁護士にはなかなか出会うことができなかった。
しかし最終的には、徳島合同法律事務所で理解ある一人の弁護士に出会うことができ、その弁護士のバックアップのもと、遺族は徳島県警に対して再捜査の申し入れに踏み切った。
(以下、手記からそのくだりを抜粋)
2000年8月21日、徳島県警本部宛てに、今まで調査してきた資料を添えて再捜査申入書を提出しました。
その2日後(2000年8月23日)、徳島県警刑事部捜査一課のN次長(仮名)から「再捜査を始める」との連絡が弁護士にありました。
弁護士から「(再捜査を行うべきかどうか、警察の)内部で協議もあるだろうから、返事があるのは1週間ぐらい後だと思う」と言われていたこともあり、少し拍子抜けしました。
一度出した答えをもう一度見直すには、それなりの内部調査をすると思っていたのです。
あまりの返事の早さに「こんなに簡単に再捜査を決定するのか」とびっくりしました。
そして(2000年)8月30日、車両鑑定から再捜査はスタートしました。
立ち会ったのは徳島県警刑事部捜査一課課長補佐のE警部(仮名)、科学捜査研究所(科捜研)物理第二課長、そして捜査を一からやり直すためにと、阿南署鑑識係から今年赴任したばかりだという若い係員が来ていました。
(中略)
E警部は名刺を差し出し、再捜査はまったく白紙の状態から始める、そのために阿南署の資料は一切見て来なかった、と言います。
妹「それは不自然じゃないですか? 当然、初動捜査で集めている資料も必要になるし、阿南署員からも事情を聞かなければ、矛盾があるかどうかも分からないんじゃないですか。今回の再捜査申入書は本部長もきちんと目を通しているんですか?」
一番大切な最初の物証を持っているのは阿南署のはずなのに、話を一切聞かず、報告書や捜査資料も見ないというのは疑問です。
本当にやり直すのであれば、初動捜査の資料は絶対に必要になってきます。
E「最初に私が申し入れを見て『こんなのは仕事が増えるから突き返しましょう』って言うたんですけど、(上司の)N次長が『せっかく申し入れしてきているんだから、納得するよう捜査してあげたらいいじゃないか』って言うんで。
それに(県警)本部宛ての申入書は、(県警)本部長に宛てた書類と一緒に扱われるから破ることはできんしな。(県警)本部長も部長も知ってますよ。それにな、再捜査なんて徳島県警始まって以来、初めてですよ」
(中略)
鑑識作業として、3Dカメラを使った事故車の撮影が行われます。
これは衝突部分がどれだけの衝撃を受けたかを計測するためで、科捜研がいろいろな角度から車を撮影します。屋根に残る傷も撮っていました。
鑑識班が粘着テープで表面の塗装を採り、それをカバンに入れようとしたので、
妹「すみません。私の目の前で採取したものには私のサインが必要でしょ。阿南署で採取していたと言われたら困りますから」
と慌てて口を挟みました。
再捜査で採取した証拠なのに、初動段階できちんと調べていたと言われる恐れがあるからです。
通常、証拠物品の鑑識捜査は事件発生後すぐにおこなわれます。
しかし兄の遺品はすべて遺族に返却されている以上、証拠物件の採取には、遺族の立ち合いと了解がなければならないのです。
私は鑑識が採取した塗装片などを警察と同じように写真に収めた後、立ち合い証明のサインをしました。
通常の鑑識作業より時間がかかるせいか、鑑識員たちは一様に不機嫌な顔をしています。
私だってこんなことしたくない。あなたたちの仲間が最初にきちんとしてくれてたら、しなくてよかったのに。
私はいままで自分の中にあった疑問をE警部にぶつけてみました。
妹「(阿南署)福井派出所の森下巡査(仮名)は、私たちが呼ぶまで事故車(の現物)を確認してなかったと言いますが、それだと丸一日以上もパトロールしていなかったことになりますよね。事件があった道路は高知県に抜ける幹線道路で暴走族も走っていると聞いています。しかもクリスマスは、一般市民が一番パトロールして欲しいときではないんですか?」
E「めちゃくちゃ痛いとこ突くなぁ。確かに事故現場は、徳島県で一番暴走行為の多い地域で、飛ばし屋と言われる車も阿南から高知に向けて走っとる。それにあの場所は、女性が運転している車をオートバイが取り囲むといった行為もある。
ほなけど警察は人員不足で、阿南署は9人で阿南署管轄区域を守っとるけん、忙しいんよ。全てに目を届かせるっちゅうのは無理なんよ」
妹「現場周辺の家に聞き込みをした結果、警察は第一発見者を含み、一切聞き込み捜査を行っていないことが分かりました。それはなぜなんですか?」
E「遺族は遠く離れた場所に住んどるけんエエかもしれんけど、現場周辺の人は『ここで自殺があった』って聞くんは気持ち悪いだろ。それに自殺だっていうことを公言しとるみたいだろ。
それにな、刺されて凶器が落ちとったとか、目立った外傷があったら事件やと分かるけど、あの状況では『事件の可能性がない』と思うて、聞き込みせんかったんだろ。
(最初に事件を担当した阿南署捜査一係の)A警部補は自殺という自信があったから、聞き込みをせんかった。私が担当やったら聞き込みを指示しとったとは思うけどな」
妹「なぜ、警察は自殺という結果を急いだんですか? 自殺、他殺の判断を下す前に、司法解剖の結果を待つべきではなかったんですか?」
E「最初に(自衛隊が警察から)自殺と聞いた時間は、(自衛隊の)警務隊の方が勘違いして(実際よりも早めの時間を言って)いる可能性があるんとちゃうで? A警部補も状況証拠や、家族(遺族)、彼女の証言から自信があったから自殺の発表をしたんだろう。A警部補からは、『彼女と家族(遺族)の証言から自殺と判断した』って聞いとるでよ」
妹「阿南署では、兄は橋から落ちた時に(胸部大)動脈が破裂したと言われました。でも解剖医は、(致命傷となった胸部大動脈の損傷は橋から)落ちる以前(に生じていたもの)だと言っています。解剖医は分厚い資料を見ながら説明してくれました。なぜこんなに説明が違うんですか?」
E「(当初、阿南署は胸部大動脈損傷については橋から落下したときの衝撃で生じたものだと説明していたが、県警捜査一課が調べたところによると)運転していたお兄さんは、(橋から落ちる前に別の場所で起こしていたガードレールへの衝突事故の際の)エアバッグの衝撃で動脈が切れたんよ。
(ガードレールへの衝突事故を起こしたときに)胸にあるジャケットのボタンがエアバッグの衝撃で押されて、瞬時の圧力で胸骨と動脈を損傷したんでしょ。
(徳島大医学部の解剖医が遺族に対して『骨盤骨折が起きていたのに出血がほとんどなかった。それは骨盤骨折が起きる前に胸の前面にピンポイントで外力が加わり胸部大動脈が切れて内部で出血していたからだ』と言ったとのことについて、県警捜査一課が調べたところによると)骨盤の出血がなかったんは、(事故時にエアバッグに胸を押されて胸の)血管が裂けると同時に意識下も止まったけんやろな。
(解剖医は分厚い資料を見ながら説明したというが)分厚い資料は、医師個人が手持ち用に作っとったもんで、警察には違うものがあります。
それに説明はB医師の個人的見解であって、遺族宛ての答えだろ? これから事例を集めた鑑定書を作成してお見せします」
妹「警察は本当に兄の足跡を調べたんですか? 調べていたなら、靴底の変形に気付いたのではないんですか? (遺族に返却された)靴の底には、片方にしか鑑識用の白い粉が付いていませんでした。片方しか調べていないから、左右の判別すらできなかったのではないんですか?
靴の左右の判断は、靴底の摩耗具合や、模様によって分かると思います。判断できないのはおかしいです。本当に、兄の靴の足跡は存在していたんですか?」
E「そんなに(靴底が)変形しとるんですか? 片方だけ調べたということはないけど・・・。
足跡判定については、妹さんのおっしゃる通りやね。確かに警察がでっちあげることはできます。もしかしたら、作ったかもしれん。作ったかもな・・・。これは、阿南署が勝手に作ってますよ。(ニヤッと笑い)いや、そんなことはありません」(※ 笑ったという括弧部分も原文ママ)
「阿南署が勝手に作った」と聞いた途端に顔色が変わった私たちを見てニヤッと笑ったあと、「そんなことはありません」と真顔になって言うのです。
馬鹿にされているようでした。こんなことまでされなければならないのか。
これが警察の、いえ大人のすることなのでしょうか。
妹「(阿南警察署福井派出所の)森下巡査(仮名)は助手席のエアバッグを見て、(助手席に)人が乗っていたと言いましたが、助手席の人の体が動きフロントガラスを頭部で割ったのであれば、(フロントガラスに)毛髪、頭皮などの皮膚組織が残っているはずですよね」
E「その通り! いやぁ、よう知っとるなぁ。鑑識になれるでよ。いまハイテク犯罪の捜査官で30歳以上の人を募集しとるけん、この件がカタついたら、警官にならんで? 紹介するでよ。
お母さん、妹さんはなんでもよう勉強しとるなぁ。私よりも勉強しとる。私も勉強せんとあかんなぁ。警察にほしいなぁ」
言葉とは裏腹に、その言い方には、プロの俺たちに何を言っているのだという威圧感がありました。
お前たち素人がいくら勉強しても、所詮その程度だろうと馬鹿にされているようです。
妹「衝突実験をした上で、兄のような事故でエアバッグで人がなくなるという根拠があるんですか?」
E「実験しましょう。実際に現場にお兄さんの車を持って行ってぶつけてみて、どういう動きをするか調べます」
妹「これは、兄が残した物証です。実験をするなら別の車を用意してください」
E「実験するにはどんな安い車を買っても10万くらいかかるなぁ。警察には、そんな予算はないんよ。ほなけん、(実験をするのであれば)お兄さんの車を実験に使用します」
(妹によるとE警部は、左前輪が壊れフロントガラスが割れたこの車を、現場のガードレールに再度ぶつけて実験しようと言ったという)
執拗に説明を求める私に対しては、一切感情的にならず、私が鑑識員と話している間に、そっと両親の耳元で囁くのです。
E「(両親の耳元へ囁き声で)事を大きくしたら、世間の知らない人までが息子さんの自殺を知ることになる。それでもいいのか? 息子さんが可哀想だ。いまここで止めれば、事が大きくなりませんよ。このままだと娘さんの縁談にも影響する」
E警部の言葉は信じられないものでした。
その言葉に激昂した父は、
「ご懸念なく。私たちは全て承知の上でやってますから」
と、一切の耳打ちを許しませんでした。
たとえE警部が小声で囁こうとも、大きな声で反論するのです。
父の説得を諦めたのか、E警部の囁きの的は母に移りました。
E「家族を亡くした悲しみは分かるけど、子供が自殺するっていうんは親でも分からんもんなんよ。こと母親は一層分からん。子供に対しての愛情も深いけん、子供も『母親に心配かけないように』と、悩んどっても隠すもんよ。早く忘れて供養してあげるのが一番なんちゃうで? 認めたくない気持ちも分かるけど、息子さんもここまでやったら喜んどるだろ」
このようなE警部の行動や発言には、許しがたいものがありました。
私たち家族がどれほどまでの覚悟と気持ちで再捜査を申し込んだのか、彼には本当に伝わっていないのでしょうか。
白紙の段階から再捜査をおこなう、と言っておきながら、初日から「自殺」という言葉が出てきます。
理論武装している私に対しては、
E「今日、私が言ったことを文章などにしないでください。『ああ言った、こう言った』などと書いたら、私はあなたと今後一切、喋りませんよ」
と、まるで子供の喧嘩のようです。
家族から事情も聞かないで、きちんと捜査できるのでしょうか。
また、指紋採取の協力や着衣の借り受けも、弁護士の立ち合いのもとでは嫌だと言いだす始末です。その理由も、「弁護士が嫌いだから」。
本当に涙が出そうなぐらい情けなくなりました。
こんなやり取りを聞いていた父が、とうとう爆発しました。
父「最近の警察不祥事の報道を見るたびに不安になる。徳島県警はそんなことはないんですか? 私の息子は死んどる。首をかけるぐらいの覚悟を持ってやってもらわんと困る」
カッと目を見開いて、E警部を見据える父。
私たちの誰もが、再捜査に対して不安がありました。その不安を全て父の言葉が代弁していました。
これに対し、E警部が答えます。
E「私は子供が3人もおるけん、警察を辞められません。警察に不信感を抱いて、最近の人は捜査協力をせんけど、結果的には自分が困るだけよ。今回、再捜査をしとるけど、してあげられんこと、言えんことがあります。それは、あらかじめご了承ください」
父「言えないこと、出来ないこととはどんなことですか?」
E「それは言えません」
父「言えないのであれば、私たちは了承できない。(あなた方が一個人として)事件に対して疑問に思うことがあっても、上の人間に言えないんですか? きっと、警察が出した答えに疑問を持った現場の捜査官もいたはずだろ」
E「捜査官は疑問に思うことがあっても、組織上、上の者が出した答えに逆らえんのです」
平然と言い放つE警部の答えは、正直というか、開き直りというか・・・。
それは今の警察組織そのものを表している回答なのだと感じました。