雑兵たちの運命は過酷だった。
大体、少し「足りない」彼らが取り立てられたのは、
それだけ人材が枯渇、不足していたからなのだ。
深沢七郎の「笛吹川」で、「ギッチョン籠」の惣藏が
武田家の直臣、土屋家の婿になれたのもまた
滅亡まじかの武田家の人材が枯渇し、
戦えるものなら何でもよかったからである。
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似たような運命が
彼らにも待っていただろう。
歴史では
その後の第二次河越合戦で、扇谷上杉家は滅亡することとなっている。
若き主君上杉朝定は討死し、(彼の墓所はどこなのだろう)
難波田弾正は、古井戸に落ちてしまったのだという。
(何かに古井戸って書いてあったのですが、井戸とは城外にもあるものなのでしょうか)
(もしかすると彼らは河越城内に入っていたということはないでしょうか)
彼らもまたその時死んでしまったのだろう。
けれども、もしか生きていたとしたら、
岩槻・松山両城主として立った太田資正に味方をしたのだろうか。
けれども空想では、
第二次河越合戦で彼らは勝利する。